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透明人間のmのレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
4.9
ジャンル映画のフォーマットに現代的なフェミニズムが注ぎ込まれたリー・ワネル渾身の一作。息を呑むサスペンス演出の優れた技巧とDV被害者の苦難を観客に体感させる志の高さ、そして主演エリザベス・モスの熱演によって、ダーク・ユニバースの一作として消化されそうだった古典リブート企画が『いま』の大傑作に昇華された。

主人公が透明人間化前の恋人に受けているDVは肉体的なものもあるが主は精神的DV(モラルハラスメント)で、透明人間化後もこの手のDV加害者特有の『被害者を周りから精神的に孤立させて追い詰めていく』という手口をこの男は仕掛けてくる訳だけどそれが透明人間の特質と見事にマッチング。最悪に胸糞で粘着質な嫌がらせの数々・・・。「透明人間」をDV加害者と結び付けて、被害者の女性の視点から再構築するという発想が素晴らしい。フェミニズム漲る傑作ドラマ「ハンドメイズ・テイル」の主演兼プロデューサーであるエリザベス・モスが主演なので、てっきり彼女の方針なのかと思いきや彼女が企画に参加する前から既にリー監督がこの脚本の方向性を決めていたらしい。やるな監督。
そういう映画だから、過去の透明人間物にあったお色気要素はゼロ。それで良い。

粘着DV野郎の透明人間になる男の人物造形がまた絶妙で、彼の静かに女性を抑圧する言動がいちいちリアリティがある。

ホラー映画は演出のテクニックとセンスが無ければ成立しないジャンルで、ホラーで優れた作品を作れる監督は他のどのジャンルでも巧い。古典的なホラーの衣を借りつつ現代女性の苦闘を描くこの映画でリー監督はたっぷりとホラーのテクニックを活かして観客を振り回す。
優れたカメラワーク・カット割が大きく貢献しているし、どう撮ったのか分からない長回し格闘シーンもスリリング。
ある登場人物が殺害されるシーンでの観客の不意を突く演出には思わず声を出して驚いてしまった。ホラーを知り尽くしているからこそできるテクニック。
アメリカのホラー映画によくある、いきなり大きな音を出して驚かせるコケ脅し演出も一切無く、静かに攻める演出だった。

ゴリゴリに気持ち良い低音を効かせてくる音楽&正反対の繊細な音の演出、そして攻めた暗い画も劇場に向けて作られた、まさに『映画』だった。


『透明人間なんて実はいなくて全て彼女の行動なのでは?』という深読みをする方もいるようだけど、そういうネットで流行りそうな遊びは作り手の意志にも映画の意図にも反する視点だと思うので個人的にはやめておきます(そういう考察の遊びは加害者側の視点かな)。


カタルシスのある結末になるかと思いきや、映画は意外にも複雑で割り切れないラストへと辿り着く。確かにそう気持ち良くは終われない、そういう思慮深さがこの映画にはある。
冒頭と綺麗に反復するエンディングの、それでも前を向く主人公の表情が強く心に残った。
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