カツマ

透明人間のカツマのレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
4.6
何かがいる。闇に蠢く狂気の跡が瘴気のようにそこにいる。ストンと佇む椅子の上に、真っ白な壁の前に、追いかけられる記憶の中に、邪悪な気配だけを残してそれはいる。オープニングを切り裂く殺伐とした波音、そのナイフのような尖端が鈍い光を放ちながら恐怖となって襲い来る。もう逃げられはしないのか、絶望の絶壁が闇夜のごとくそそり立つ。

SAWシリーズの初期三作品の脚本家として名を挙げ、最近では『アップグレード』のメガホンを取るなど、監督としても卓越した才能を刻み付ける、鬼才リー・ワネル。彼が新たに放つのは1897年に出版されたH・G・ウェルズによる『透明人間』を原作に、1933年に劇場公開された同名作品を現代版へと大胆にリメイクした作品だ。主演には癖のある役で出演作品には毎回のように爪痕を残してくる女優、エリザベス・モス。彼女の怪演と作品の謎めいた魅力が交差して、異形にして異端の恐怖映画が誕生。見事な起承転結に唸りを上げたくなる、リー・ワネルの代表作になり得る一本だ。

〜あらすじ〜

断崖絶壁に立つ館。そこに監禁されるかのように愛されるセシリアは、夫のエイドリアンからの束縛から逃れるため、彼を睡眠薬で眠らせ、館からの脱出に成功する。その後、妹のエミリーの助けもあって何とか逃げ延び、セシリアは友人宅に身を寄せることで落ち着いた。
居候先の友人、ジェームズとシドニーの父娘の優しさにより、セシリアの心は徐々に回復しようとしていたが、それでもエイドリアンの影に怯える日々は続いていた。
そんなある日、彼女の元に一通の手紙が届く。差出人はエイドリアンの兄トムであり、彼の口からエイドリアンは自殺したという衝撃の事実を告げられる。巨額の遺産を相続したセシリアだが、それ以降、彼女のもとに見えない何かが現れるようになり・・。

〜見どころと感想〜

この映画はとてつもないほど構成力に優れた作品。起、承、転、結、それぞれのパートごとに『謎と恐怖』を植え付け、それらがパードごとに解明されても、また新しい『謎と恐怖』が鑑賞者を襲う。そしてエンドロールまでその『謎と恐怖』の残滓を残すことによって、奇妙で面妖な読後感を得ることすらできるのだ。それを可能にしたのはやはり脚本畑からスタートしてきたリー・ワネルの為せる業か。隙のない滑らかな脚本美がこの映画を根底から支えていた。

前半はホラー映画さながらの恐怖描写が炸裂していて、それだけでもだいぶ怖い。怖さの源が分からないこと。そしてそこに付随する鋭い重低音が、見えない何かへの恐怖を煽りに煽る。序盤から忍び寄るような音の切れ味と、空間を無機質に映すカットがそこにいる何かの影を予感させ、想像力という名の魔物を我々の心に巣食わせるのだ。『何かがいる』と思わせることでここまで怖いとは、これもまた映像と音楽が高次元で結実した成果なのだと思う。

そしてその怖さを更に演出してみせるのがエリザベス・モスによる怪演だ。彼女は美しい女優さんだが、醜い役柄もできる人。今作でも美醜入りまじる演じ分けと、叫び過ぎない噛みしめるようなリアクションが見事な効果を上げていて、特に精神病棟内での演技は凄まじい。彼女を主演にキャスティングしたことが、今作の完成度を相当数引き上げていたのは間違いないはず。

『アップグレード』に続いてまたもや力作をものにしたリー・ワネル。彼の脚本力に加え、ホラー、サスペンス、そしてSFまで巻き込んでしまう多ジャンルの類い稀なる融合に二転三転と取り込まれ、そのサプライズに騒然とさせられた作品でした。

〜あとがき〜

レビューが長くなってしまいましたが、この『透明人間』、かなり良かったです。年間ベストの上位に入ってきそうなほど、個人的にハマってきましたね。バリエーション豊かな恐怖描写が頻発し、そこに香り豊かな『謎』が次々に振りかけられる展開は見事。2時間強の作品ですが、体感時間が短く、最後まで謎と恐怖を行ったり来たりしながら楽しむことができました。

ただ、だいぶ怖かったのでホラー映画が苦手な方は要注意。個人的にはあのナイフのシーンが怖かったですね。ボヤッと浮かぶナイフの影にピントが合っていなかったり、徹底した恐怖描写が強烈なインパクトを食らうこととなりました。
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