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彼らが本気で編むときは、のろのレビュー・感想・評価

彼らが本気で編むときは、(2017年製作の映画)
4.8

「男とか女とか、もはや関係なかったんだ」

すごい、日本でもこういう映画、撮れるんだ。

「リリーのすべて」に涙した2016年。
世界で初めて性転換手術を受けたリリー。その延長に、今作の主人公リンコがいる。
映画と映画の繋がりを感じて、なんだかすごく感動しました。

そして、今作はたくさんのテーマを盛り込んだ見ごたえのある物語。
LGBTだけでなく、ネグレクトやいじめ、介護などなど。どのテーマも現実味があって、とても面白い。果物たっぷりのロールケーキのように、どこを切っても美味しい映画です。


〈あらすじ〉
小学5年生のトモは母親と二人暮らし。
しかし母親は家事・育児を放棄し、トモはいつもコンビニのおにぎりを食べていた。
そんなある日、母親が家出。トモは叔父であるマキオの元に向かう。マキオはリンコという恋人と一緒に暮らしていた。

トランスジェンダーの女性リンコに戸惑うトモ。
しかし、トモの頑なな心はリンコの愛情によって徐々にほぐれていく。

トモにとって、初めてのことだらけ。
温かいご飯を囲む食卓、清潔感のある部屋に、「おかえり」と言ってくれる人の存在...。トモは初めて人の温かさに触れる。


私の大好きな場面。
公園でお母さんと一緒に遊ぶ子どもたちを羨ましそうに眺めるトモ。リンコに作ってもらったお弁当を開けてみると、可愛いネコのおにぎりやタコさんウィンナー!思わず「わぁ...!すごい可愛い!」と声を漏らすトモ。生まれて初めてのキャラ弁に感激したトモは、そのお弁当がもったいなくてなかなか食べられない。
家に帰って食べてみると、お腹を壊してしまった。
そんなトモを見て、リンコは言うのだ。
「可愛くて、可愛くて、どうしよう...!」

リンコは次第に「トモの母親になりたい」と願うようになる。

物語の終盤、トモの母ヒロミが帰ってくる。
「このままトモを放っておくなら、俺たちが引き取りたい」
「母親である前に、女である前に、子どもを守るのは大人の義務じゃないですか」
マキオやリンコの言葉に、ヒロミは言い放つ。
「この子が生理になった時、教えられるの?女の体のこと、あなた達は教えられる?」
そんな母の姿を見たトモは...。


私の好きなキャラクターはトモの同級生カイくん。
ホモだとか、弱っちいやつだとクラスでいじめられている彼。(小学生・中学生のいじめとは、なんと無邪気で残酷なのだろう...)
彼は年上の先輩(男の子)のことが好きになる。そして、想いを告げようとラブレターを書くが...。
彼もリンコと同じような苦しみを味わっている。誰にも打ち明けることが出来ず、一人悩んでいる。母親にも理解してもらえなくて、恥ずかしいばかり。
カイくんの存在は物語の中でとても重要。彼はリンコが特別な存在ではないことを教えてくれるのだ。


この物語に出てくる人たちは、編み物や音楽によって悲しみや怒り、悔しさを紛らわす。そうやってバランスを取って生きている。
老人ホーム住まいのマキオの母も言っていた。
「お父さんが浮気をして出て行ったとき、ひたすら編み物をしたの。何かしていないと気が変になりそうで。マキオのセーターやマフラーをせっせと編んだわ。結局ダンボール5箱分にもなったのよ」
それを聞いて「ああ、私だってそうだ」と、ふと思う。
私も何か嫌なことや落ち込むことがあると映画を観る。
その瞬間だけは全部忘れられて、映画が私の鬱憤を吸い取ってくれているように感じる。

人は弱く脆く不安定。
それを支える”何か”が必要なんだ。

同時に映画を観ながら思ってしまう。
桜の花びらがサラサラと川に流れていくように、私たちの嫌なこと全部水に流せたらいいのにね、と。


映画の余韻に浸るように、鑑賞後 私はおにぎりを頬張った。
トモの悲しみが詰まったコンビニのおにぎりではなく、ちゃんとデパ地下で買ったおにぎり(笑)
トモがあさりの佃煮や切り干し大根が好きだと言っていたので、あさりのしぐれ煮おにぎりをチョイス。炊き立てのお米の香りがして、甘くてしょっぱくて、とても美味しかった。


心がじんわり満たされる、この季節にぴったりの作品でした。
ろ