べりす

彼らが本気で編むときは、のべりすのレビュー・感想・評価

彼らが本気で編むときは、(2017年製作の映画)
4.0
ずっと見たかった映画。
おすすめされたのもあるけど、ここでの評価も高くて絶対見たかった。
LGBTを問題とした映画でもあるし、ネグレクト、親子の在り方も題材。

主人公の女の子はシンママに育てられていて、そんなママはすぐ仕事をやめてどこかに行ってしまったり男の人についていってしまう。
主人公はママの弟をまた頼りにする。
おじさんは先に言っておくことがあると、以前来たように独り暮らしではなくりんこさんという戸籍上はまだ男性の(性適合手術済、豊胸済、戸籍のみまだ変更なし)女性と同棲していることを告げた。
ここから1ヶ月以上そんな三人での生活が始まり話は進む。



★★★★★★★★
以下ネタバレ的な感想
★★★★★★★★

どんなにネグレクトされても、結局はお母さんが大好きで、お母さんに愛されたいんだな。
りんこさんが悪いんじゃない。
りんこさんがどんだけ愛情を持ってキャラ弁作ったり、抱きしめてくれたり、話を聞いてくれたり、本当の家族のようにそばにいてくれてても母親なんだな。

まずはりんこさんを取り巻くLGBTの環境についての感想から。

りんこさんの過去の話で、お母さんが毛糸で偽のおっぱいを作ってくれてブラジャーをプレゼントしてくれてた。
「胸はあげられないけど」って。
柔道着や水着が嫌で体育出てないのも学校は理解は示さなくても母親がこんなに理解してあげられてたなんて素敵だな。
ここでまず涙が出た。

介護施設でもみんな受け入れてくれていた。素敵な職場。

どんだけのつらいことがあっても当たらず編み物をしてその気持ちをぶつけてきたりんこさん。
思い出したくもないひどいことがあったのだろう。
「性別は変えれてもこの大きな手は変えられない」
生殖器の手術を終えてもということ。
整形手術や声帯の手術をのちのちしても、手を小さくする手術って聞いたことないな。
大きな手と言われるのもコンプレックスの人もいるんだ。

日本人ってすぐ顔の評価をする人種らしいので、褒めてることでもそれが失礼に値する国もあるそう。
そんな日本なくせに整形かよーとかすぐ整形を叩く人がまだまだいる。
自分がしないからって整形してる相手を受け入れられない人がLGBTを本当の意味で受け入れられるのだろうかと考える。
簡単に「でもまだ顔が男」とか言うよきっとそういう人たちは…。

他人から見れば小さな事でも、少しでも生きやすくできるなら何でもしていいと思う。

入院してしまって戸籍上男だからと男性病棟に入れられてた。
今後どうなるんだろうこういう問題。
昔LGBTの人がシェアハウスの問い合わせをしていた。
ほぼ無回答の中お断りのお返事があった理由は「お風呂やトイレなど男女で分けていて性別が男性のままでは男性の方を使ってもらうしかない」「特記がない共用のお風呂やトイレがあるシェアハウスもあるがそこは女性専用のシェアハウスである為戸籍上女性であることが規約で難しい」というところと「前例がないのでうちではお断りさせてもらう」という2社だった。
難しいよね。
シェアハウスじゃなくしてでも、こういう病院にしろ前例がないことを考えていかなければならないなと思う。
戸籍変えたくないけど女性として在りたい人もいるしひとくくりにはできない、様々だろうし。
ここに出てくる介護施設のように、ピンクの作業着を着せてもらえるような場所がたくさんできればいいのに。
もちろん、隠したい人は隠したままでいいと思う。
あのおうち男二人で住んでるのよって噂になるのもね。女性同士だとあまりそういう噂にならないらしいけど。

そんないろんなことがあったであろうりんちゃんがこんなにも心がきれいでまっすぐに人を愛せて主人公のことも愛おしくて仕方がないと話してた。
生田斗真さんが演じてたけど、無理な感じもなく素晴らしい演技だったと思う。

また、りんちゃんとは別に主人公のお友達の男の子がなぜかわからないという気持ちの中男の先輩が好きということを主人公にも相談している。すごく悩んでいる中、その先輩へのラブレターをみつけた母親は破ってそのままその男の子の部屋のゴミ箱に捨ててしまう、バレバレ。
主人公とりんちゃんを見つけて、いい人のように「何かあれば私達に言って」と正義感溢れた形で主人公に伝えてしまったり、男の子にもりんちゃんのような異常な人と関わるなと言ったり…多分嫌がらせで児童相談所に通報したのもあの母親だろうな。
そんな母親のもとだから男の子はODして入院したんだろうね。
可哀想すぎた。
まだまだあの母親のモラハラは続くんだろうな。
りんちゃんのお母さんのように
「だって私の娘が一番可愛いんだもん」
って言ってあげられる母親、すごいよ!!

そして…。親子の問題。
主人公の母親のネグレクト、帰ってきて悪びれもせず「お金すっからかんになっちゃったー」じゃねーよw
おじさんに主人公を置いていなくなるのはなぜなのかと問いつめられても
「だってそんなのわかんない」「女なんだもん」
だった。
女なんだもん…。いろんな意味でとれるよね。母親である前に女性である。それは間違ってない。でも母親である限りは安全に娘を育ててあげてほしいというか…。
恋愛してもいいし預ける日があってもいいから、そんないきなり1ヶ月も放置したり娘がコンビニのおにぎりばかり与えられてトラウマになっておにぎり吐いちゃうくらいまで追い詰めてるのに、女性だから仕方がないなんて片付けていいとは思わないな。
あの場で主人公である自分の娘に諭されて「お母さんと一緒ににいるから、今日は一人で帰って」って帰れちゃう時点でなぁ…。
母親の元に戻るのはモヤモヤしたけど、総じて母親という存在の二人(主人公の母親と主人公の男友達の母親)以外がいい人だった。
老後施設にいたおばあちゃん、主人公をお母さんと勘違いしてきつめに服装の注意をしてたけどあれは何かのフラグ?
母の性格とか歪んだのはそのまた母の教育の失敗ってこと?それともただ単に主人公に母親の幼少期を想像させたかっただけ?

おじさんがタクシーに乗る主人公に「姉をよろしくお願いします」って言うのもね。うーん。。。私があの年だったらポカーンとしちゃいそうw