ナガノヤスユ記

エル ELLEのナガノヤスユ記のレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
4.5
想像以上の怪作。21世紀の新しいアンチヒロイン。こんな映画が観たかった。
ユペール演じるミシェルがレイプ被害に遭う場面から始まる物語。レイプとは通常、自らの主体的性を収奪されることであるはずだけど、ミシェルの自我は、悲劇の単なる被害者になることを許さない。それはきっと、彼女が10歳の時からずっと変わらない、唯一絶対の自己基準、無意識下のモラルなのだ。(無論彼女の生きてきた時間の多くは語られない)
彼女の精神の自由さは、単なるモラルやインモラルといった二項対立を遥かに超え、世間体や法律、宗教と神、生い立ちや家族関係、あるいはSMのような性趣向にさえまったく基づいていない。スクリーン上で限りないリアリティをもって為される数々の選択を目の当たりにする僕たちには、寄る辺のない瞬間的な解釈の機会だけが次々と投げかけられる。ところが、その機会のほとんどは触れることもないうちに通り過ぎていくだろう。この映画はそれくらい速い。
そうして視界に現れては消えていく残像のような影の中に、不敵に微笑む「彼女」の姿が見えてくる。確かに見たような気がするそれが彼女の姿だったのか、それともイメージの産物に過ぎないただの影だったのか、それすらも定かではない。
唯一確かなのは、彼女の周囲のキャラクターや僕たち観客の誰ひとりとして、彼女からその存在の欠片とて奪うことはできなかったのだ。
これぞ新時代のスーパーヒロイン。こんなキャラクターを僕たちは待っていた! ブラボー。