タキ

エル ELLEのタキのネタバレレビュー・内容・結末

エル ELLE(2016年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

なんと言っていいのか感想に困る映画というのが時々あって久々に来たなという感じがする。まとまりのないものになりそうだけどつらつらと書いているうちに見えてくるかもしれないのでしばしお付き合いを。
何かが割れる音や悲鳴からのレイプシーンというオープニングがまず衝撃的すぎる。レイプされたというのに犯人が逃げたらスッと起き上がり冷静に割れた食器の片付けをし着てきた服をゴミ箱に捨て風呂に入り息子を出迎えるために鮨の出前の注文をする。きっと警察に言うつもりはないんだろうしある種の諦観すらただよう主人公のミシェル。次の日に血液検査をしてHIVの薬は副作用が強いからと言って拒否するあたりこれが初めてのレイプではない感じもある。彼女はゲーム会社のCEOをしていて母親と息子に援助をするだけの十分な収入もある。元夫は売れない作家で女にだらしがなく元妻から仕事のおこぼれをもらって生活している。2人の間の息子はかつて大麻の売人をしていて今は更生してファストフード店で働いている。ミシェルとはウマの合わない女と同棲しもうすぐ赤ん坊が生まれるようだ。彼女には父親が大量殺人の犯人であるという壮絶な過去があり、親にも他人にも踏みつけられてきた人生の中で(30年近くたってもいまだに見知らぬ人にゴミをぶっかけられ罵倒されている)勝ちとってきた今の地位であるのは想像に難くなく、警察やマスコミはまったく信用しておらず、自衛のためのスプレーや斧を購入し銃の撃ち方を習い、自分の顔を貼り付けた陵辱アニメを社内にばらまいたレイプ犯を見つけようとしている。そして社内で対立しているクリエーターのキュルトを疑い始める。こう書くとサスペンスの要素が強いような感じだが彼女の感情は常に一定しておりドキドキハラハラするような犯人探しが主題ではないと次第に分かってくる。クリスマスパーティのシーンに見られるように家に集まったミシェルと浅からぬ縁のある男たちの挙動、女たちの駆け引き、ミシェルの大胆な振る舞いなど彼女を中心に形作られたコミュニティの勝手気儘なインモラルな様子に目が離せなくなる。社内に陵辱アニメを一斉送信した犯人は自分を慕っていて犯人探しも頼んでいた部下のケヴィンであり彼はレイプ犯ではなかった。しかしケヴィンのペニスを見て割礼している男を探しているというセリフがあったがそこまで分かるものなのだろうか。うちに帰ると再びレイプ犯に襲われその正体が隣人のパトリックだと分かる。彼女の周囲は彼女を踏みつけにしようとする連中ばかりなわけでさらに見てる方は暗澹たる気持ちになる。ここで思うのはセックスと暴力は別物だということ。周りの男たちは彼女が望まぬセックスを強要し暴力をふるい本人には責任のないことで人格否定をして自分を優位にし支配しようとしているということ。ミシェルのすごいところはいつの時も決して誰からも支配されてはいない。親友のアンナの旦那ともセックスしてるけど罪の意識はまったくと言っていいほどない。むしろ彼女が男たちを操っているフシすらある。
性に奔放なミシェルの母は病死し殺人犯の父も獄中で自殺を図り死んでしまうが取り乱すこともないミシェル。その帰り道に車で事故に遭ってもレスキューを呼ばずに唯一連絡のついたパトリックに助けを求める。もうこのあたり意味わからなくてこわい。元夫がいう通りミシェルが最もヤバイ女だ。パトリックは敬虔なカトリックの妻を持ちいつもは大変ジェントルなのに通常のセックスではなく暴力でしかオーガズムを感じない性癖の持ち主でヤバイもの同士の一種の共犯ような関係になってゆく。父母の死によって「嘘をつくのをやめた」ミッシェルは親友のアンナの夫を切り、アンナには本当のことを告げ、パトリックのレイプのことは警察に話すと言い出す。その夜ミシェルはパトリックに三たび襲われ、たまたま戻ってきた息子ヴァンサンによってパトリックは殺されてしまう。パトリックの最期の言葉は「なぜ…」だった。共犯だったはずの突然のミシェルの翻意が納得いかなかったのか。一方、事件後にパトリックの妻のレベッカが「彼に応えてくれて感謝している。短い間でも。」と引っ越し間際にミシェルに言うのだがあまりに不気味で震えた。子どもに性的虐待を加えていて知らぬ存ぜぬを押し通そうとしたカトリックの欺瞞をレベッカが体現していたのではないかと思う。そしておそらくミシェル自身も敬虔なカトリック教徒の父親からそのような虐待を受けていたのではないか。ミシェルは小さい頃から周り中敵のような環境で育ってきてあからさまに敵意をむき出しにする人間もいれば無言の変質者も普通に会社や隣人にいて百万倍怖いんだけどどんなに人格を踏みにじられてもミシェルはブレることなく引っ越しさえしないのだった。お見事というしかない。
ミシェルを支配しようとする男たちばかりの中で唯一、息子のヴァンサンだけが母親のミシェルを守り自分の子でない赤ん坊の父親になろうとしていて、うまくいかない人間関係のなかでミシェルが最も嫌っていた血縁であることの逃れられぬ濃密さと、もしかしたらそれを越えてゆける可能性を彼から感じた。墓場で男どもを捨て去りまた2人きりになったと一緒に住む算段をするミシェルとアンナの後ろ姿を見送りながら踏みにじられて生きる人間の尊厳の在り処について沈み込むように考えてしまった。
オファーをかけたハリウッド女優がみんな断った役を還暦越えのイザベル・ユペールがまさしく体を張った演技で魅せる。日本でいう美魔女とはちょっと格の違う独特の気品と作り込まない何気ない美しさがありそれが逆に男たちが溺れるにたる説得力となっている。たぶんだけどお若い頃より今の方が美しいタイプの方ではないだろうか。
タキ

タキ