Ren

マンチェスター・バイ・ザ・シーのRenのレビュー・感想・評価

4.0
『ムーンライト』『ラ・ラ・ランド』『ハクソー・リッジ』『メッセージ』等がノミネートされた第89回アカデミー賞にて主要2部門を獲得した本作。エンタメ性は皆無だけど、一度は観たい秀作だった。

日本版ポスターに書かれた3行のキャッチコピーを、137分かけて無理なくじっくりと沁み入らせていく静謐なヒューマンドラマ。どうせなら活字小説でゆっくりと読みたいなと思わせる作品なのだけど、役者陣の演技と映像美が映像作品としての意味と価値を押し上げていた。喪失感に苛まれた人間たちの表情・言動の一つひとつが、つんとした冷たさが伝わってくる町の澄んだ空気感が、全て雄弁に語ってくれる。

能動的に動き続ける甥っ子や元妻と、留まり続けるリー(ケイシー・アフレック)の対比が効いており、衝撃の過去(動)と現在(静)のカットバックもさながら『ブルーバレンタイン』のように対比として強く機能している。波がうねり続け一瞬として同じ姿を見せない「海」というモチーフも、ゆらゆらと動き続ける人生と重ね合わせた上で立ち止まったままのリーを強調させていた。

心は落ち込むし辛い話ではあるのだけど、後味はどこか爽やかだと思った。 
例えば主人公が困難を乗り越えるフィクションを観て「それでも乗り越えられないことがある私は何をよすがに生きていけばいいの?」と振り落とされた感覚が一度でもある人を、下でそっと受け止めてくれるような作品。人はたとえ壁を乗り越えられなくても、生きていけばいいし生きていける。生きていかなければならない、とも言えるけど、生きていけばいい、というほうが今作を観た後の私の感覚に合っている気がする。

リーは苦しみを背負いながらも、忘れたいマンチェスターの町を、自分の人生の一部として受け入れることはできたのではないか。その象徴として、甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)を寛大に迎え入れるあのシーンへ繋がったのではないか。

リーの行き過ぎた無愛想・不器用が悲壮感でなく笑いとして供給される瞬間も何度かあり、一辺倒の悲劇ではないことも分かる。パトリックの親を引き留める作戦を引き受けておきながら早々に諦めるのはコメディ。ハナからやる気ねえだろっていう。
通底するのは、孤独と葛藤が渦巻く町でそれでも生きていくというメッセージ。
集中力は少なからず要する気がしたので、体調の良い日に観てほしい。

その他、
○ パトリックのベッドでの立ち振る舞い、ギターのプレイ姿がぎこちなくてリアル。
○ 無駄なSF話やグダグダな救急隊員、その他物語上不要ともとれる待ち時間が多く、リアル。
○ 町から離れる手段は家族が遺した船。どこに居ても彼には過去が付き纏う。
○ 終盤のランディ(ミシェル・ウィリアムズ)がリーへ投げけかる台詞。リーをマンチェスターに縛り付けていたのは、周囲の人々でもあるのではないか。
Ren

Ren