ベルサイユ製麺

マンチェスター・バイ・ザ・シーのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

4.2
箪笥にぶつける迄は、足の小指の存在なんて頭の片隅にも無いものです。悪い予感のかけらも無いまま、当たり前だと思い込み日々を過ごしていて、ある瞬間…。
幾ばくかの責任は…あったかもしれないけれど、予測不可能な筋書きでその瞬間は避け難く訪れてしまうのです。

心の中には元々、真黒な怪物みたいのが巣食っていて、そいつは心の障壁に綻びを見つけると一気に表に這い出して来ます。指先に痛みを走らせ、舌を喉深く引き込み、瞼の裏に不吉なイメージを刻み、身体を乗っ取ろうと暴れる。上手くして怪物を押し戻しても、それ以降はずっとそいつの影に怯えながら過ごすことになる。
周囲の人間は怪物に魅入られた者を恐れ、忌み嫌います。自分の中にも怪物がいるという事実を直視出来ないので。そうやって、躓いた者はいとも容易く、一人になってしまうのです。

責めてあげる優しさ。責めてあげない残酷さ。許されないという許し方。はたまたその逆も。そもそも全て単なるレトリックに過ぎなくて、それらを操るのは結局内なる怪物なのかも…。

心の傷は消えたり癒たりしない。引き伸ばしたり形を変えたりで誤魔化すか、感知できないくらい自分が鈍化してしまうか。
私自身は怪物といるのが性に合うなと思っています。一緒に傷口を覗き込み、その先の行く末を見守りたい。痛みは決して敵では無い。学びの種である。自分を騙して“乗り越えた”からってそれが何になるんだ…?