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マンチェスター・バイ・ザ・シーのkomoのレビュー・感想・評価

4.3
ボストンで便利屋として働くリー(ケイシー・アフレック)は、仕事の腕は良いが性格に難のある男。かつて故郷で暮らしていた頃、自身の過失によって家族を失ってしまったという過去があり、それ以来他者に心を閉ざしてしまっていた。
しかし兄のジョー(カイル・チャンドラー)が病死したという報せが届き、辛い思い出の残る故郷へと向かうことになる。
更には自分がジョーの息子・パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人として選ばれていたことを知り困惑する。
その地で暮らし続けたいパトリックと故郷に戻ることを拒むリーの、葛藤の日々が始まった。

過去の出来事を悔やみながらも罰を受けることすら許されずに孤独を抱えるリーは、社会的にも感情的にも行き場のない男です。『行き場のないまま』でいることで自分を罰しているようにも見えました。
そんな彼に対してパトリックは、16歳という若い年齢の割に地に足の着いた少年でした。趣味もスポーツも友人関係も充実していて、更には2人も恋人がいます。
予期せず重要な責任義務を与えられた上に、その子どもが(ある意味リーよりも)成熟した人間だという現実は、ふらついた生活をしていたリーにとって非常に酷なことであると言えます。

リーが町を出た理由を知っているはずのジョーはなぜ、彼が苦しむことを分かっていながら息子を託そうと思ったのか。
ジョーは生前、誠実で誰からも好かれる人間でした。そんな人物が実の弟をわざわざ苦しめるための道を選ぶとは考えられません。
ジョーのリーに対する情は、とても深いものであったと思います。
それと並んで、ジョーは息子のパトリックのことも愛し、誇りに感じていたはずです。
だからこそ愛する2人を信頼していたのではないかなと考えます。それは「リーにパトリックを守らせなければ」だとか「パトリックにリーを救ってほしい」などの責任観念というよりも、ただ純粋に自分が愛した2人が、共に助け合い生きてゆく未来を望んだのではないか。そんな風に解釈しています。

飄々とした性格のパトリックが、冷たい場所に安置されている父をふと思い出して取り乱すシーンや、
再会した元妻のランディ(ミシェル・ウィリアムズ)が涙ながらにリーと対話するシーンが、暗闇の中にそっと浮かび上がる小さな炎のようで、物哀しかったです。

リーはパトリックとの日々によって少しずつ心情を変えて行くものの、その人格に強い変化は見えません。
リーは『良い人間にならないこと』によって自分の心を守っているのかもしれません。それこそ痛みを抱えた今のままの自分としてこの先を生きてゆくことが彼にとって重要なのだとしたら、たとえ親族であろうともその領域に踏み込むことはできないように思います。
しかし賢いパトリックならば、そんなリーをありのままに汲んでくれるかも知れません。

永遠にふさがることのない傷口に潮風が触れてしまったような、そんな"滲みる"作品でした。
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