Inagaquilala

あるふたりの情事、28の部屋のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.0
「はじめてへの旅」のマット・ロス監督、ひとつ前の作品。これが彼の長編初監督作品だが、「はじめてへの旅」が森の生活を実践する家族を描いていたのに対して、こちらは家族から逸脱した「不倫愛」の物語。マット・ロス監督の守備範囲の広さに驚く。

原題は「28 Hotel Rooms」。タイトルの通り、不倫の男女が28のホテルの部屋で繰り広げる愛の歴史を描いた作品だ。登場人物はふたりだけ、ほとんどの撮影はホテルの部屋で行われ、時折、ホテルの廊下やエレベーターでの場面も登場するが、基本的には28の部屋で語られる男女の会話と「交流」で綴られていく(それぞれのシーンの前に「Room◯◯◯」というテロップが出る)。

オープニングタイトルの前「Room1704」という激しい情事のシーンが映されるが、これは知り合った後のもので、イントロダクションというところか。タイトルに続いて、まずは「Room3211」のシーンから始まる。ホテルのダイニングでカップを片手にひとり黙々と仕事をする女性。彼女と目が合って手を振る男性。彼は人懐こそうな顔をして彼女の隣の席へと移動してくる。

男性はニューヨークに住む作家で、新作のキャンペーンで旅行中。女性はシアトルに住んでいて情報の処理分析の仕事をしている。互いに名前は名乗らないが、簡単なやりとりでこれだけのプロフィールが明かされる。そのあたりのセリフの流れは絶妙だ。男性はチョコレートケーキをふたつ注文しようとするが、女性はそれをやんわりと断る。

次のシーンは、トイレでひとり泣く女性。そして、一夜明けると男性と女性は同じ部屋に。男性が出発の支度をしているのをシーツに包まれベッドから眺める女性。ベッドサイドに視線を落として、「番号は書いた。ニユーヨークに来たら電話してくれ」という男性に、「するつもりはない」とにべもない女性。しかし、次の「Room912」のシーンでは、男性と女性はニューヨークのホテルの部屋にいる。

このようにシーンはホテルの部屋から部屋へとつながり、絶対にホテル外に出ることはない。それは女性に夫がいて、不倫の関係でもあるからだが、マット・ロス監督は舞台をとことんホテルの内部だけにすることにこだわっているようにも思える。

実は男性にも恋人がいて、「Room」が進むごとに、それは結婚へと発展するのだが、それでも男性と女性はホテルの部屋で会うことをやめない。そして女性にも転機が訪れるのだが……。

舞台はホテルの部屋、登場人物はふたりだけ、かなり実験的作品のはずなのだが、そこで交わされる会話と情事のシーンが妙に愛のリアルを伝えてくるため、かなり興味深く観ることができる。それはやはり考えつくされた映像設計によるもので、効果的に沈黙の場面を設定したり、セリフの間合いも実に計算されたりしていて秀逸だ。

また「Room1507」のシーンでは、2泊3日にわたる、ふたりの部屋の中での様子、つまり食事をしたり、着替えたり、ベッドに入ったりという一部始終を、固定カメラの早回しで、全て見せていく。28の部屋のうち、明らかに2泊しているのは、この部屋だけなので、それをこういったかたちで表現したのだろう。かなり印象に残ったシーンだ。

あえて「はじめてへの旅」との共通点を上げるとすれば、女性の会話の中に、アメリカの知性と言われるノーム・チョムスキーの名前が出てくる点であろう。マット・ロス監督はどうやらこのMITの言語学者にかなりのシンパシーを抱いているようなのだ。

とにかくこの28のホテルの部屋でのシーンを並べた斬新な構造をとるこの作品、かなり辛い評価も目にするが、自分としてはかなり気に入った。
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