Solaris8

ブレードランナー 2049のSolaris8のレビュー・感想・評価

ブレードランナー 2049(2017年製作の映画)
4.6
11/12 六本木ヒルズのTOHOシネマで観てきた。人の記憶と云うのは勝手なもので、意味が不明で咀嚼出来なかったタルコフスキーのような映画は覚えているが、好感を持った「ブレードランナー」の映画の事は、あまり覚えていない。自分の記憶もいい加減なアナログ的でデジタルメディアとは違うのが人の為せる業なのだと思う。

自分が記憶する「フレードランナー」は、新橋のガード下のうどん屋さんのような場所で日系人と喋ったり、巨大スクリーンの強力わかもとの宣伝のような無機質の近未来都市の印象が強い。

フレードランナー2049は、より哲学的になって、タルコフスキーの映画を想像させるという投稿をSNSサイトで見かける。

導入部の枯れ木と燃える家や木馬の日付と枯れ木の日付の意味が「サクリファイス」の映画を想像させ、タルコフスキーに対するオマージュだと云われる。

確かにゾーンの考え方は「ストーカー」で、新型レプリカントが生まれるシーンも「惑星ソラリス」の自殺に追いやった妻の再生シーンなのかもしれないが大した話ではない。

自分は映画を観てて、主人公の記憶が他人から移植されたものでなく、自分のものだったと云われた時に、主人公がときめき、生きる活力となった展開に好感を持った。主人公は「サクリファイス」の生け贄なのかもしれないが、少なくとも報われた。

「ブレードランナー」ではレブリカントが人に憧れ、「惑星ソラリス」の主人公が自殺に追いやった、プラズマで出来た妻が人になろうとした点で当映画もよく似ているのかもしれない。
東京国際映画祭で観た「グレイン」も、全ての物質が人間になろうとする素粒子論が源泉だった。

物質と生命の違いとは何かという科学で語れない世界と神話や聖書の世界は境界線が無く、その事がSF映画の哲学を支えている感じがする。