ベルサイユ製麺

ブレードランナー 2049のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

ブレードランナー 2049(2017年製作の映画)
4.9
先ず前提として【自分にとってブレードランナーとは⁈】
…とか書き出してしまうと超・長文必死かと思われましたが、そこをなんとか、無理に纏めると…
【ロマンティシズムとダンディズムがせめぎ合い、時にお互いにその背中を任せながら、“人間とは何者か”“自我とは何なのか”という命題に命懸けで挑む姿を描いた、世界で最も美しい歴史遺産の一つ】…といった感じです。自分にとっては、ですよ。細かな枝葉の部分にも大いに関心は有りますが、その辺りのディテールについては『エヴァ』とかと同様で、各々のフェティシズムの有り様によって部分の縮尺も印象も変わってくるでしょう。(自分は基本的に裏設定みたいのには不感症気味です。)
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴについては、表面上は多面的な作家という風にも見えますがフィルモをざっと見ると、
⚫︎怪物化する自我の末路『静かなる叫び』
⚫︎認識の危うさを描く『複製された男』『プリズナーズ』
⚫︎大きなシステムの流れに飲み込まれる人々の過酷過ぎる運命『灼熱の魂』『ボーダーランド』
⚫︎コミュニケーションの可能性と未来を描く『メッセージ』
…と、割と一貫して“自分を形成する心の働き”と“それら自分・達の集合体が形成する社会・常識”とをテーマに描いて来た作家だと思います。(強引なのは認めます。)
適性という面では、確かにブレードランナーの続編を撮るに相応しいと言えそうですが、反面、取れるからといって撮ってよいの?という疑問も拭えない…。だって“ブレードランナー”だよ?ミロのヴィーナスに腕つけちゃって良いの?みたいな…。
正直、ここまでほぼノーミスで来たドゥニ・ヴィルヌーヴも、遂にケチがついてしまうのでは…なんて思ってしまったり。

さて。
『2049』

思わず息を呑む。再生した瞬間、あの色の瞳で見据えられた瞬間に、止まっていた時計が、グリーンのディスプレイの文字が再び流れ出したのが分かる。
作品世界の中で流れた月日は、彼らの世界と我々の現実とが重なっている事をリアルに感じさせる。モニターから溢れた霧が室内を満たし、肺に、血中に、体の隅々まで流れ込んでくる。今、再びロサンゼルスに降り立つ。

僕らもだいぶシワがふえた
身体も重たくなってしまったよ

彼らの世界同様、私達も停電を経験し(それはもちろんこれからも起こる)、ロマンや愛はシビアな現実に蹴散らされてしまった。人々は上下左右に丁寧に引き裂かれ、世界は随分悪くなってしまった。
『2049』の、靄がかかったビル群に、人々の瞳に、現実味、親近感を感じてしまう。これは作られた記憶なのか、単に脳が疲れてしまっているのか。…とにかく確実に時間は流れたのです。

個人の衝動が、後の世界の有り様に大きな影響を与えるのだと分かっていたとしても、それでもデッカードはあのような選択をしたのだろうか?それも運命として受け入れる?誰の為の選択?前作の最後、彼、どんな表情してたっけ…?
自分の父(デッカードに似てなくもない)も、恐らくは母(レイチェルには似てない)の手を引き未来に賭けたのでしょう。なのに、その結晶が自分のようなボンクラだとは浮かばれない…。
ともかく。デッカードはやるべき事をやった。結果彼の心に去来したものは、今のその表情からは読み取れないけれど。
一方、今作の主人公、Kはというと…
多くの方が感じられている通り、部分的には自分にソックリだと感じました。特に、半ば意識的に、決して叶うことのない対象に愛を注いでしまうあたり。それと、思い込みの強さ…。
自分にも、いつか為すべきことが見つかるのだろうか。命の相応しい使い方が。その時見上げる空は、どんな感じなんだい?K、いや…ジョーよ。


観終わって間もない今の時点では、物語の全体像も、細部に込められたメッセージも全く把握出来ている気がしません。天上のリリシスト佐藤伸治の言葉を借りるならば、「ほこりと光のすごいごちそう」に圧倒され、呼吸困難になる程の号泣の後、ただ茫然。暫くは観返したくないような、直ぐにでも『2049』に戻りたいような…。

前作同様、『2049』も世界中、あちこちで幾度と無く、時には同時に再生され、その世界は拡張・浸透し続けることでしょう。そして、(殆ど希望的観測に近いものですが)『2049』の発するメッセージは荒唐無稽な訳でも、気宇壮大な訳でも無くて、正しく理解さえすれば心の中にぴたりと収まるように思えるのです。
自我・自意識を革新し、霧中に希望の光を灯す。我々の為のブレードランナー。
私には前作よりも大切な作品になりました。これから、何度でも観返します。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ!彼の過去作のエッセンスの全てが今作に注入され、これ以上無く美しく結晶化。全てを乗り越えてしまいました。意思の力によってのみ世界は変わる。
パーフェクト。ヴィルヌーヴがまたやった!!