ブレードランナー 2049の作品情報・感想・評価

ブレードランナー 20492017年製作の映画)

Blade Runner 2049

上映日:2017年10月27日

製作国:

上映時間:163分

ジャンル:

3.8

あらすじ

「ブレードランナー 2049」に投稿された感想・評価

ひよし

ひよしの感想・評価

4.9
元祖「ブレードランナー」の対立軸は言わずもがな「レプリカント-人間」だ。ヒトと見分けのつかない人造人間があらわれたとき人間のアイデンティティは危機にさらされる。
……というところに、それ以外の重層的な対立をもちこんで大長編に仕上げたのがこの映画。ドゥニ・ヴィルヌーブ、壮大な画を撮るのもうまいが人間の内面を撮ることにかけてはそれ以上の天才である。

あらすじとしては「ライアンゴズリングが捜査官になって無印の主人公デッカード(ハリソンフォード)を探す」だけ覚えておけば大丈夫。これ以上は何を言ってもネタバレになる。いやほんとに。

とはいいつつちょっと本編にも言及しておくと、まず冒頭は一面オフホワイトのタンパク質農場の上空を飛んでいるところからはじまるが、もうすでにカッコよすぎてノックアウト。このあと出てくるロサンゼルスの街並みも、無印のギラギラ感よりは抑制的な雰囲気でgood。ウォレス社の内装もいい感じだった。

ストーリーとしては先述したとおりライアンゴズリングがアイデンティティの喪失と獲得と喪失にくるしみながらも戦っていく感じ。空っぽだからといって何も成し遂げられないということにはならないんだなあと……
内面に深く切り込んだ映画であるにもかかわらずアクションもよかった。数が多いわけでもすごい技をつかうわけでもないが緊張感がみなぎっている。豪雨のラストバトルめちゃくちゃ感動したなあ。

上映時間だけをみてタルコフスキー「惑星ソラリス」を思いだしたけど、上映時間以外にも共通する部分はある。
まずSFでありながら結局は「人間」を描いた作品であること。SFってそもそもそういうモノなのかもしれないけど。そしてふたつ目は、「惑星ソラリス」も記憶をうめこまれたレプリカを描いた作品であること。など。
そういえば作中の景色もどことなく「ストーカー」「ノスタルジア」「サクリファイス」を思わせる。枯れ木とか水とかね。

いやー、よかったなあ。あのブレードランナーの続編という意味だけでなく歴史に残る作品だと思います。あっぱれ!
え!?これブレードランナーシリーズの1作目やと思って観てしまった…
だってNetflixにこれしかないから…!
どうりで全然わからんわけだよ。


レプリカントと人間。現在と過去。ドヤ街とオフワールド。雨と砂漠。ホログラム彼女、わんころ、ブレードランナー。本物と偽物。
何もかもが"本物"と"偽物"にハッキリ分けられる世界って怖いなあと思った。線引きがあくまで人間目線でしかないのも怖い。本物ってなんなんだ…?
レプリカントも"死ぬ"し、人間も冷酷で強い。何が違うんだろう。

みたいな葛藤を丁寧に描いたのが1作目なんだろうな…


ジョイちゃんとわんころの愛が一番本物だと思った。一番人間から遠い存在のはずなのに。

ジョイちゃんとっっっても可愛かったけど、私は旧型娼婦もイケてて好き。わんころ、強く生きてほしい。うう😭


最初の方のサクサク話が進む感じかなり好きだし面白かったんだけど、なんか途中から要素が渋滞しだした感がある。
砂漠行ってオジイに会ってからは最早流し見するレベルでよくわからんかった…
まあ1作目観てないハンデはでかいと思うけど、それにしてもちょっと脈絡無いシーン多かったような気がするなあ〜


世界観がちゃんと説得力あってしっかり入り込めた。日本語のネオンはちょっとちゃちく見えちゃうけど。
あとライアンゴズリングはやっぱり画力あるなあ。どんな景色もちゃんと自分の背景にしちゃう。



何がどうなっても誰が何と言おうと何が何でも、ゼッッッッッッタイに女性性を搾取してやるぞ!!!!!!!!!!!!という強い意志を感じた😇🖕
レプリカントのほうが人間以上に人間らしいと思ってしまった。今時、大義で死ねる人間が居るだろうか?
公開日に見てたけど今更サントラが欲しくなったのでレビュー書きます(矛盾した行動)

ごめん「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」は読んでない。そのうち読みたい。
だがブレードランナー(リドリー・スコットの方)は見た。
ブレードランナーそもそもが「創造者と非創造物」の対立構図の物語であることから、前作も今作もその点に変わりはないのだが、視点が変わった。
創造者側から非創造物側に変わった。
この対立軸でこの視点の変化は実にヤバい。作中の言及を引用すると「超えてはならない線」を超えた反転視点だ。

前作は「創造者側の立場」の主人公の視点で見ていた世界が、
今作は「非創造物」が主人公になった。
これはヤバい。時代を表しまくっている。
映画の中じゃない世界でどうやら人間とやらは神っぽい権限を持ってたらしいが、今の俺らときたらてんで作中レプリカントのように他人に身勝手に作られた非人間の奴隷だ。今の時代を生きる俺らはKちゃんにすんなり同情してシンクロする。
エア彼女との私生活は「前作ブレードランナー」世代には異様に見えるけど俺らには別に「二次元嫁ね。成程わかった」でわかるやつだし、趣味がないのもわかるし孤立してるのもわかりみしかない。
「主人公はレプリカント。」という広告の煽りの時点で既に前作の問いにはっきり答えてしまっている。「レプリカントは果たして人間か?」「せやで」

>>>せやで<<<


僕はあんま学がないので作中登場する小道具(『青い炎』の本やレプリカント心理テストの詩文など)の元ネタがわからぬ。キリッ
はっきりわかることは今回もレプリカントが人間の領域を目指し、挫折するが、結局レプリカントか人間かどうかは大した問題じゃなく「『俺達』が、何をしたか」がホンマに大事なんやでっていうそういう話。
だからジョイちゃんがクラウドデータをもとに算出されたただのデータ存在であることは大した問題じゃないし、彼女が肉体を持たないのも大した問題じゃない。彼女の中身に大したものがないのも問題じゃない、何をし、何を残したかが大事だから。カトリック聖堂には顔だけ存在という格の高い天使のキモカワイイ絵や像がたくさんある。あれは肉体を持たず魂が大事なのでというオブジェだし、だからそういうことだ。
ラヴはウォレス神の忠実な天使だが、大体神を自称する奴にロクなのはおらんのでその寵愛を受ける天使もロクなことしないので大した「こと」を残さない。
「奇跡の子」を神聖視するレプリカント達も、結局重視してるのが「生まれ」なのでそこはポイントではない。
そもそも人間とて4ケタのコードの集まりでしかなく、レプリカントやジョイたゃと何の違いがあんのか。
で、特に特別でも何でもない非創造物は神から課された運命に背いて、誰かの息子にも恋人にも家族にもなれなかったけれど、命がけで誰かにとっての「何か」になれたところで物語が終わる。

生まれがどうか?ではなく、どう生きたか?がポイント。(30字くらいでまとめた)

神の子なんかいねーし神の子だって不完全なただの生き物だし、それに期待するレプリカント達は何したって人間にはなれねーし、でも人間になれなくたって既におんしゃら「人間」だし。
みんな大好きハリソン・フォードおじいちゃんも作中で「このイッヌが本物かバイオイッヌかはわからん」と言っていたし、気にしてる様子でもなかったし、
Kちゃんに""""""名前""""""を聞いていたので、作中で核心をわかってるのは彼だけである。

しかし、「オフ・ワールド」と呼ばれる地球外植民地はどうなってんねやろか。
あれは金持ちしか行けないパラダイス(天国)の象徴なので(クライマックスで天使ラヴがデッカード連れてこうとしてて多分二度と現世に戻ってこれない)リアルの俺らもディストピア地球の上で生きるしかないんじゃが、オフワールドは苦しみも悩みもない世界なんだろうな〜〜と思う。
そんな場所をレプリカント使って増やそうってのだ。やはり神を名乗る連中はロクな奴じゃない。

前作と比較されて批評されて残念がられてるイメージあるけど、もう少し見直してあげてもええんちゃうのか。
イッヌが死なない映画だし。
前作は神・秩序視点だったのに対し、今作は非創造物・混沌視点なので比べるのが大分無理みが強い。





…というクソ重話をお子さんにもわかるレベルで易しくも重厚に希望を持って描いた傑作があってネ、是非見て欲しいんだけどネ、
『ミュウツーの逆襲』というタイトルなんだけどネ あのさ 何でもかんでもすぐミュウツーに繋げるのやめてこのクソオタ




しかし、ブレードランナー世界は世界観も音楽もめちゃくちゃメチャクチャいいのに、ある一点で完全にダメで私は悲しいボロロン。
性的消費財が女だけなのである。
ディストピアで人権が色々うんこたれで弱者を容赦なく消費財にする世界観なのは「わかる」が、街の広告ホログラフが悉く女なのはヤバないか?なぜ美少年や美青年がいない。
女上司かっこいいけどマスキュリン過ぎるし2049年にもなってその世界観設定で大丈夫か?違和感しかねーんじゃが
 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作品は、話が分かりにくいので苦手なのだが、繰り返し観て、何とかそのプロットの謎が解けて理解できたと思う。

 そして、どの場面も美しく、ロジャー・ディーキンスの撮影か、ヴィルヌーヴの演出感覚か、最初から最後まで見とれるような映像で、美術品のようであった。
 
 また、主人公のライアン・ゴズリングのブレードランナーのKは、レプリカントである為に軽蔑される。しかも、全てを失っても、ハリソン・フォードのデッカードの為に行動することで自分の意志を世界に残そうとしたのかもしれない。

 「ブレードランナー」の衝撃はないが、ドゥニ・ヴィルヌーヴは「ブレードランナー」を引き継ぎ、新たな“世界”を作り上げたのだろう。(2019.10.18)
いぬ

いぬの感想・評価

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壮大なようで意外とこじんまりしてるんだね。そのお陰か初ブレードランナーだったけど特別困ることなく見られた。
ドゥニ監督はしんみりする演出が上手ですね。
ライアン・ゴズリングの機械肉演技がま〜〜〜あ光る。ピッカピカ。こんなに可哀想で死にかけの汚い犬みたいな動きができる俳優いない。Kがゴズリングでよかった。彼は一生こういう役を演じてほしい。あと今作を見て改めてドゥニ・ヴィルヌーヴは「存在の否定を悪魔的に証明する話」が好きなんだなと思った。灼熱の魂に近い読後感で非常に好き。冷たい雨が雪に変わる頃また見たい。
前作観といてよかった〜!
話しが繋がるのね!
雰囲気抜群だったけどちょっと長すぎたかな
ちー

ちーの感想・評価

3.3
いい作品なんですよ。
ほんとにライアン・ゴズリングはイケメンなのに
ボンクラ非モテ男を演じさせたら神がかっていますね。

ただブレードランナーなのかと言われると悩ましいです。

賛否両論間違いなくあるのですが、
自分は決して嫌いにはなれませんでした。
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