TOSHI

ワンダーストラックのTOSHIのレビュー・感想・評価

ワンダーストラック(2017年製作の映画)
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トッド・ヘインズ監督は一貫して、社会的・性的マイノリティを描き、多様性を深く掘り下げてきた。同性間の至高の愛を描いた前作、「キャロル」も素晴らしかったが、今回は、耳が不自由な人に焦点が当てられている。

いきなりの、狼に追いかけられる悪夢の映像に面喰う。1977年、ミネソタ州ガンフリント。12歳のベン(オークス・フェグリー)は、母エレイン(ミシェル・ウィリアムズ)を交通事故で亡くし、伯母の家で暮らしている。父を知らず、生前の母は何故か、名前すら教えてくれなかった。母の家が売却される事になり、嵐の夜に戻ったベンは、「ワンダーストラック=驚きの一撃」というニューヨークの自然史博物館発行の画集を見つける。中にはキンケイド書店のしおりが挟まれていて、「愛を込めて、ダニー」と記されていた。そして父親だと直感して書店にかけようとした電話の回線に、雷が落ちる。病院で意識を取り戻したベンは耳が聞こえなくなっていたが、父親を探すために、バスでニューヨークへと旅立つ。果たして、ダニーという人物が父親なのか、悪夢で見る狼は何なのか。

一方、モノクロで描かれるのが、1927年のニュージャージー州ホーボーケンの物語だ。生まれた時から耳の聞こえないローズ(ミリセント・シモンズ)は、支配的な父と暮らしていた。学校には通っておらず、友達もいないようだ。セリフはなく、聾者が日々体験している、音の無い世界が鮮烈に表現されている。シモンズは実際に聴覚障害を抱えているそうで、ローズ像に説得力がもたらされている。父とは心が通わないローズにとって、スター女優のリリアン(ジュリアン・ムーア)の映画を観て、彼女の記事を読む事だけが心の支えだ(書店の店頭で、該当ページを破り取って持ち帰り、スクラップ集を作っている)。 音の無いサイレント映画は、彼女にとって健常者との隔たりを感じずに楽しめる、拠り所だった訳だが、トーキー映画の台頭が、その終焉を告げていた(横断幕を呆然と見上げる、ローズを捉えたショットが印象的だ)。テクノロジーの進歩は時に、ハンデを持つ人々をより孤立させる事を思い知らされる。
リリアンがニューヨークの舞台に出演すると知ったローズは、一人で船に乗る。兄のウォルター(コリー・マイケル・スミス)が働く自然史博物館に行ってみたい事もあった。ローズは劇場で、稽古中のリリアンを見つけるが、意外な関係が明らかになる。
そしてキンケイド書店に辿り着いたベンは、書店が移転した事を教えてくれた(ベンには伝わらない)黒人少年ジェイミー(ジェデン・マイケル)親子の後に、何故かついて行き、自然史博物館にやって来る。ジェイミーの父が、博物館で働いているのだ。ベンはジェイミーと打ち解けるが、ある展示物の前に来た時、この場所が、自分が来るべき場所であった事を知るのだった。長い時間の流れが刻まれている博物館という場所を舞台に、聴覚障害を抱えてニューヨークにやってきた少年・少女という意味で共通項がある、二つの物語が徐々にシンクロし、遂には交わる時、奇跡が明らかになる…。

ヘインズ監督作品の特長である、街並・衣装・美術等、時代の再現力の凄さが、本作でも際立つ。モノクロで表現された20年代に対して、70年代は赤みがかった質感の映像で表現されているが、街を歩くアフロヘアの人達、ネオンサイン等、映される全ての物が時代を表している。リアルに再現された二つの時代を行き来する事で、虚構としての映画的な空間が生まれていた。二人の子供が無音の中を彷徨い歩く、言葉にしようがない詩情が、映画ならではの形で表現されている事に感嘆する。
白黒で音の無い世界とカラーで音がある世界が融合し、“巨大ジオラマ”が広がる時、謎が解け、静かに心震える。ラストシーンが良い。50年の時を超えて、ベンとローズが繋がり、星空を通じて、「オレ達は皆、ドブの中にいる。でもそこから星を眺めるやつだっている」とのオスカー・ワイルドの言葉を大事にしていたという、ベンの父親とも繋がるかのようだった。エンディングで流れる、エレインが生前に聞いていた、宇宙空間を浮遊する孤独を歌ったデヴィッド・ボウイの「スペース・オディテイ」(チルドレン・ポップス版)が、余韻を残す。

期待していた、ファンタスティックな飛躍がなく、明かされた謎、ベンと父、父とエレインの関係にやや消化不良感はあったが、ハートウォーミングな良い映画だった。謎解きが言葉で一気にされてしまうのは、そこに重点を置いておらず、そこに至るまでのプロセス、ひいては時間の流れそのものを描く事を意図したのだろう。
ずっと大人の映画を撮ってきたヘインズ監督にとって、児童書を原作に、ティーンを主役に据えた本作は異色作のように見えるが、マイノリティが孤独から解放され、希望を見出す物語という意味では、長いキャリアで絶えず追求してテーマから、全くぶれない作品だった。疎外される弱者が障害を乗り越え自己確立する物語を、極めて映画的な手法で表現し続ける、ヘインズ監督ならではの傑作だ。
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