チョマサ

ワンダーストラックのチョマサのネタバレレビュー・内容・結末

ワンダーストラック(2017年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

5/13観賞。熊本、電気館。

トッド・ヘインズの新作。
製作会社はアマゾン・スタジオ。ここはウディ・アレンの『カフェ・ソサエティ』やマーク・ウェブの『さよなら、ぼくのマンハッタン』といったインディーズ系の作品を作る監督が集まってる印象がある。他には『ネオ・デーモン』『お嬢さん』『ギミー・デンジャー』『パターソン』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『ビッグシック』を作っている。

物語は1927年と1977年、ふたつの時代が舞台になる。1927年は聾の少女ローズが父親を嫌って家出をする。ローズは母に会うためにNYを目指す。1977年は少年ベンが主人公。彼は母親を交通事故で失い、叔母の家で暮らしている。ベンは一度もあったことのない父に会うために、一冊の博物館の本「ワンダーストラック」に挟まれていたしおりを手がかりにNYへ旅立つ。

原作は「ワンダーストラック」という絵と文章で構成された小説。パンフレットによると1927年の物語は絵で、1977年は文章で語られているらしい。だから映画も1927年は白黒サイレント、1977年はカラー音つきで撮影して原作を映像化している。

二つの物語が所々交差して、主人公のふたりとNYで友達になるジェイミーが抱えている気持が重なるのにジーンときた。ふたりに共通していることは耳が聞こえないこと初めは思っていたのが、居場所がないことや友達がいないこと、親への疑問など浮かんでくる。50年も前からそれを先に体験していたローズがこれからベンを助けるんだろうなと考えると不思議な気持ちになった。何世代も経るドラマって難しいけど、これはうまく行ってたと思う。

最初はあそこで終わるのが唐突で疑問に思ったけど、パンフレットでNY大停電のことを知ると、時代の節目を舞台にして主人公たちが新しい時代を生きていくことも暗示してんのかなと思った。1927年は映画がトーキーになり、サイレント時代の俳優たちは落ち目になっていく。時代背景とローズの居場所がなくなっていくのを重ねているから、余計に家に居場所のないことも強調される。パンフレットやキネマ旬報の渡部幻さんの映画時評を読むと1977年も転換期みたいだし、そういうメッセージもあるのかと思った。時代の移り変わりも描こうとしてる。

パンフレットでは山崎まどかさんがNYと自然史博物館とデビッド・ボウイについて書いていた。映画時評のほうも『ラスト・ワルツ』とスパイク・リーを引き合いにNYについて語っている。

音楽はデビッド・ボウイの「Space Oddity」が使われている。これってNYが舞台なのと歌詞のCan you hear me~にふたりの気持を投影してるんだろうか。あと監督が『ベルベット・ゴールドマイン』を作るくらいファンだからか。子供の合唱団が歌っている版は、Can you hearのところで終わるのが印象的だった。tin canのくだりは歌わないのか。
デアダートがカバーした「ツァラトゥストラはかく語りき」も使われてた。この曲は『チャンス』でも使われてたから、そっちの印象が強いんだけど、舞台は違うからそっちじゃないとは思う。「Space Oddity」を使ってるからか、当時の時代の曲だから使ったんだろうか。

ローズ役のミリセント・シモンズは本当に耳が聞こえなくて、配役している。そのことについてパンフレットにインタビューの一部とスタッフの言葉が書いてあって興味深かった。
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