純

ありがとう、トニ・エルドマンの純のレビュー・感想・評価

4.7
これは、「見せない」物語。優しさや、苦労や、弱さや、涙を、見せないで頑張ろうとするひとたちが、一生懸命に足掻いて、もがいて、ほんの一握りの幸せに微笑む物語。

きっちりした性格でキャリアウーマンの娘イネスと、おふざけが好きな父親ヴィンフリートは、うまくいっていない。そんな中で父親は急に娘のもとを訪れ、娘曰く「迷惑をいっぱいかけて」帰って行く。それなのに、数日後彼は〝トニ・エルドマン〟という全くの別人になりすまして、彼女のもとに戻ってきた。型破りな父親の行動に無駄を嫌うイネスは辟易するけれど…というストーリー展開を軸に、今作では父と娘の忘れられない数日間が濃密に描かれる。

私は、この話は不器用に生きるひとたちを肯定してくれる、そして私たちに、そんな不器用なひとたちのことを忘れていませんかと優しく問い直してくれる、そんな温かさがあると思った。ヴィンフリートは冗談を言ったり悪ふざけをしたりするのが大好きで、いつも周りを笑わせてくれる。仕事一筋のイネスは不真面目な父の様子にお怒りだけど、彼は、彼女に気を緩める時間をあげたかっただけなんだよね。忙殺されそうな娘に、自分のことや生活を見直すことのできる落ち着いた時間を、作ってあげたかっただけなんだよね。

優しさは不器用でしかないから、器用な優しさなんて、存在しないんだよと言っていたい。「あのひとは優しいなあ」なんて知った気になっていても、きっと私たちが見えている優しさはほんの一部だろうし、「なんて身勝手なんだ」って思うひとがいても、もしかしたら自分のことでいっぱいいっぱいな状況が、相手のささやかな優しさを見えなくしてしまっているかもしれない。この世界は優しいから、とても聞き上手で、愚痴や悩みを温かく受け止めてくれるひとがいて、その一方で、一緒にいると楽しすぎて、「愚痴るつもり満々だったのにどうでもよくなっちゃった!」って文句と感謝を言いたくなるくらい明るいひともいる。前者のひとはきっと多くのひとから「優しいひとだなあ」と思われているけど、本当はもっと高くて深い優しさを持っているよね。そして、「馬鹿だなあ」って呆れられる後者のようなお調子者キャラのひとが、本当にただ単純で能天気な人間なことなんて、今までたったの一度だってなかったし、きっとこれからもないって、私はずっと覚えていたいよ。

別に彼らの優しさが埋もれたままなのは周りのせいだって言いたいんじゃなくて、それはきっと、彼や彼女が優しさは見せびらかすものではないって知っていて、優しさを見せないでいる優しさでさえも持っているからなのかなと思う。でも、いつも聴き役のひとや、いつも明るく皆を笑わせてくれるひとだって、こぼしたい弱音やかけてほしい言葉があるんだってこと、決して忘れずにいたいね。優しいひとは、他人の自尊感情を高めたり、慰めたりするためだけに、誰かの隣にいるんじゃないんだよ。

私は鑑賞中、ずっと誰かがトニに「ありがとう」と言ってくれるのを待っていた。見せない優しさを少しずつ振りまいてくれる彼に、優しさをそっと渡してくれる誰かをずっと待っていた。優しいひとは見返りを求めないから、きっとひとりで寂しくなってしまう。この映画では、自分を見せないイネスが泣く姿を見せる一方で、トニが泣く姿は描かれない。見せないことを頑張る2人のうち、トニの孤独や優しさは、本当に最後まで表面化されなかった。トニのようなひとは、他人の寂しさには敏感で積極的なのに、自分の寂しさとなると途端に鈍感に、そしてそれ以上に臆病になってしまう。だからこそ、こんな優しさを持っているひとの見せない涙や悲しみを、思いはかれるひとになれたらいいのにな。

静かに流れる優しさと交互に、思わず声に出して笑っちゃうような勢いの良いユーモアが散りばめられているのも、この作品の素敵なところ。後半はもう本当にどうしちゃったの?って頭を抱えたくなるくらいぶっとんでて、イネスはちゃあんとあのお父さんの血を継いでるなって、微笑ましくなるね。きっと父親と娘の関係ってその数だけあるし、他人の関係性を見ても第三者的な思考がキープされておかしくないのに、なんでだろうね、なんか、ふっと自分たちはどうかなって、考えてしまう。自分の人生に染み込んでくるような、それでいて不躾じゃなくて、「ちょっとそこの隙間から失礼しますね」っていうささやかさと腰の低さで、私たちに溶け込んでゆくあの感覚は、とても透明で心地よかったなあと思った。

きっと誰もが癒してほしい、見つけてほしいと密かに願っている感情を、優しく大切に掬い取ってくれる、とびっきり愛おしい1本だった。何がどう良いとかじゃなくて、ひとりひとりに違う滲み方をする、そんな優しさや温かさが、この作品にはある。素直になれて、優しくなれて、幸せになれてしまう、そんな映画があるんだってこと、この映画を観て思い浮かぶ誰かがいるんだってこと、自分を見つめ直せるんだってこと、本当に本当に嬉しいことだ。この気持ちをたまにで良いから思い出して、歩いたり、笑ったり、泣いたりしたい。
純