kou

ありがとう、トニ・エルドマンのkouのレビュー・感想・評価

4.5
《微妙な感情の表現のうまさ》
良質なコメディ映画でありながら、深みを持つ素晴らしい作品だった。基本的にはとても笑えて、楽しい作品なのだが、親と子の関係性、仕事に生きる女性の苦悩、また、現在のヨーロッパの現状などを描いている、奥深い作品だった。

映画中、何度も驚かされるところがある。例えば画面の端から急に現れる父親。もしくは画面の奥に写り込んでいる父親の姿。そしてラストの展開。とてもしっかりと、そして長くカットを回すのが特徴的だが、そこに突然映り込む物に驚かされる。その感覚が凄く新鮮で、読めないストーリー展開にやられた。

コンサルタント会社に勤め、ブカレストで働く主人公イネスのもとに父親が突然訪問する。ビジネスの場に出てくる父親、考えただけでもやはりうんざりするが、主人公イネスも軽くあしらって、父親を帰国させる。と思っていたのだが、父親はトニ・エルドマンを名乗って彼女の前に現れるのだ。その父親の一挙一動がイラっとしながらも、「もう…」と笑ってしまう。というか笑うしかないという感じ。

大事な仕事。その前で彼女は仕事のことしか見えていない。それを責めるというわけではなく、むしろイネスの側に立っている映画だと思う。もちろん僕自身もイネスの側でこの映画を見た。ビジネスの場面でくだらない父親のギャグにはうんざりするだろう。そんなイネスが、後半からだんだん、もうどうでもいいやというように変わっていくのが笑えた。そしてそれは笑えるだけでなく、悲しさもあり、愛おしさがあった。

コメディ映画でありながらとても複雑な心境を映画に閉じ込めている作品だと思う。ドキュメンタリックな描き方をしていて、決して心情やキャラクターを一方向で描かず、様々な複雑な感情を描ききった傑作だ。微妙な感情を観客が読み取り、そしてそれに面白さがある作品だった。

また、とても笑える作品でもある。劇場が爆笑の渦だったラストのイネスの誕生日パーティの流れ、ある名曲をイネスが歌うところなど、とても面白かった。そして、ただそれだけでなく、そこにいる人物の心情をとても絶妙に表現しているのだ。凄くよくできた作品だと思う。
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