ベルサイユ製麺

ありがとう、トニ・エルドマンのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

4.2
トニ・エルドマン…とはコスプレネームである。

初老の紳…いや、ラフな身形のおっさんヴィンフリートは、故郷ドイツを離れ一人ルーマニアで仕事に奮闘する娘イネス(もう小娘ではない)の事が心配だ。お父さんは心配性。心配で心配で、来ちゃったよ!ルーマニア‼︎ それからヴィンフリートは、ナイロン丸出しのカツラとお気に入りのおもちゃの入れ歯を装着し、架空の、なんか只ならぬ男“トニ・エルドマン”として、娘イネスの見守り活動を開始する!…見守り、にしてはちょっと干渉し過ぎじゃないか?あー、ほら、娘の上司と握手なんかしちゃって…

とにかく長ーいコメディであるとだけは聞いていたのです。実際に鑑賞すると、確かに長ーい。けどコレ、コメディなのかな?
笑えないとか言いたいのでは無くて、別にコメディじゃない映画でも笑えちゃうものだし、まあ実際は笑ったのだけど、とにかく胸の中にぱんぱんに詰まったモノの熱は明らかにコメディの満足感では無いのですよね。

ヴィンフリートとイネスの関係性、距離感がパッと見に分かりづらい。ヴィンフリートは実は割と寡黙で、「お前のことが心配だった」とか言うけれど溺愛という風には見えにくいです。イネスの方もなかなかのポーカーフェイスで、どのくらい嫌がってるのか、或いはまんざらでも無いのか汲み取りにくい…。
彼らの心の距離感を、彼らが、そして我々観客が測るには、いくつもの点・点・点が必要で、だから必然的に時間も長くないといけない。ヴィンフリート、イネスの表情の奥底を推理しながら、観客は例えば自分の父の事を、子供の事を考えないわけには行かなくて…。

別段凄く派手な出来事とかは起こらないし、殊更エモくも無い。ドイツ映画特有の質実剛健さ。だから自分はキッカケが無いおかげで泣いたりはしなかったのでけど、心の奥底の方から暖かいものが確実にジワジワと湧いてきていて、感情が嵩上げされて、落涙目前だいうところで、…続きはあなたの“トニ・エルドマン”と、或いはあなたが“トニ・エルドマン”に。

…という感じかなぁ。本質と全然違うかもしれないけど、わたくしの『ありがとうトニエルドマン』はそんなだったよ。
生涯ベスト10に入るくらい大好きな漫画で『大日本天狗党絵詞』という作品がありまして、ラストシーンが今作と同じ雰囲気なのでした。感動した。ありがとう。ありがとう、トニ・エルドマン。
あと、終盤に大好きなオブジェクトが出てきて「○○○!!!」と大興奮してしまったよ。ありがとう。ありがとう、トニ・エルドマン。

骨の髄からミニマル展開を愛するドイッチェ人だからこそ到達できた、静かな感動の物語なのだと思います。ハリウッドリメイクなんてそんな…まあ観るけど!オモチャの入れ歯のジャック・ニコルソン!