亘

わたしは、ダニエル・ブレイクの亘のレビュー・感想・評価

3.9
イギリス北部ニューカッスル。元大工のダニエル・ブレイクは心臓病で医者から仕事を止められたが、国の手当の審査に落ち求職活動を再開する。ダニエルはシングルマザーのケイティと助け合いながら国の制度とお役所仕事に立ち向かう。

弱い立場にありながら、自らの人としての尊厳を保ち、闘い続けたダニエルの姿を描いた作品。本来弱者を助けるはずの国の制度は複雑で、弱いものをたらい回しにしていじめる。ダニエルは役所では悪態をつき怒鳴り落書きまでしてしまうし、人によっては彼を犯罪者とか老害とか呼ぶかもしれない。それでもケイティたちに対する優しさは、普通の人ができないことだと思うし、ダニエルと役所職員のどちらが"人の尊厳"を持っているかといえば明らかにダニエルだろう。

ケイティは2人の子を持つシングルマザー。ロンドンから移り住んできたが仕事がなく手当とフードバンクに頼って生活している。貧しい中で1人親で2人の子を学校に通わせるのは非常に大変。手当の申請に失敗し役所から追い出されそうになったところを赤の他人ダニエルが立ち上がり彼女を助ける。その後も全編にわたって淡々と暗めの雰囲気で進む中でダニエルとケイティの助け合いだけは温かみを感じた。特にフードバンクで彼女をなだめる姿や彼女の仕事場に突撃する姿は並大抵の人ができることではないし、ダニエルの強さを見たように感じた。

ダニエルは昔気質の人間でITが全くできない。手当の申請をオンラインでするように言われてもマウスすらまともに使えない。履歴書の製作も印刷もできないから履歴書はすべて手書き。そんな彼に役所は口頭で説明するだけ。ダニエルは健気に必死に頑張るが、彼がいくら頑張ったところで手段が間違っていたら役所は違反だとして手当を止めてしまう。"I Daniel Blake"という落書きは、彼の人としての主張だったんだと思う。

彼の主張は市民から称賛されながらも結局は制度の前に敗れてしまう。その後不服申し立てが出来そうになったところで突然の終わりを迎える。人としての尊厳を持ち続けたダニエルが希望を持ち続けながら、いつもうまくいかない様子は無情だったけど、ケイティをはじめ多くの人に希望を与えたように感じる。ラストシーンでダニエルの叫びを代弁するケイティの力強い声は、ダニエルの思いを受け継いでいるように思えたし明らかにケイティを変えたことを表していた。

印象に残ったシーン:ダニエルが役所でケイティを擁護するシーン。フードバンクでダニエルがケイティをなだめるシーン。ダニエルがケイティの仕事場を訪れるシーン。ダニエルが落書きするシーン。ケイティがダニエルの思いを代読するシーン。
印象に残ったセリフ:"I Daniel Blake. I'm a citizen.Nothing more, nothing less.(私はダニエル・ブレイク。私は市民だ。それ以上でもそれ以下でもない)"
亘