小一郎

ローサは密告されたの小一郎のレビュー・感想・評価

ローサは密告された(2016年製作の映画)
4.2
不満のない社会、悩みのない社会はないだろう。しかし不満や悩みを言える社会は幸せなのかもしれない。

<実際に起きていること、現実を見せたいといつも思ってい>て、<人々を教育し、人々に知らせるために>映画を作っているフィリピンのブリランテ・メンドーサ監督が描いたマニラのスラム街で懸命に生きる家族の物語。
(http://synodos.jp/culture/20085)

4人の子どもを持つローサは、マニラのスラム街で小さなコンビニエンスストアを経営するローサ。4人の子どもを持つ彼女は、お店の売り上げだけでは生活できず、夫とネストールは少量の麻薬を売人から仕入れて販売している。しかし夫の誕生日、それが見つかり2人は逮捕されてしまう。

<フィリピン国家警察には長きにわたる汚職の歴史があり、同国で人権侵害的な法執行機関の最たる例が警察だと米国務省は明言している>(公式ウェブ)。そんな警察は釈放の交換条件として2人に金を要求し、ローサ一家は釈放のためになりふり構わず金を集める。

この日のトークショーで『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督が次のように話していた。「人の感情を描くのが映画。歪みのない社会はないが、感情は社会の歪みから生まれてくる」。

社会の歪みに対するこの感情が本作には感じられない。麻薬を売ることの良心の呵責、警察に対する不満や怒りが見えてこない。人物の心理は描写されず、まるでそれが当たり前のことのように、麻薬を売り、釈放のために金集めに奔走する。

<彼らにとってはこれがいつもの、日常的な状況なのです。彼らは物事をあるがままに受け取る。彼らは感覚が麻痺してしまっているので、嘆きも抵抗もしない。そもそもほかに選択の余地もないのです>(http://synodos.jp/culture/20085)。

「衣食足りて礼節を知る」。逆に言えば、衣食足りなければ礼節など悠長なことは言ってられない。貧困に苦しむ彼らに、怒ったり、くよくよしたりしている暇はないのだ。

本作のハイライトの一つが、ローサの娘ラケルが転ぶシーン。<彼女はとても狭い路地を歩いている。ほかに道はありません。誰かが水を捨てる。別に悪意からではありません、仕事だからです。娘は滑り、転ぶ。でも彼女は文句も言わず、自分を転ばせた老婆をなじりもしない。ただ立ち上がって、歩みを続けるだけです>(http://synodos.jp/culture/20085)。

逮捕の日から翌日までの動きをドキュメンタリー風に描いた“硬派”でリアルな物語。最後の最後で、この映画唯一の心理描写といっていいローサの姿。カンヌの女優賞はこれで決まったのではないのだろうか。

●物語(50%×4.0):2.00
・ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が2016年6月30日の就任直後から麻薬、薬物犯罪者の殺害を容認、報奨金などに言及して奨励していることとの関連も注目されるけれど、フィリピンの社会構造を明らかにしていることが良いと思う。

●演技、演出(30%×4.5):1.35
・説明的な要素はなく、映像で実態を見せる。ラストのローサの姿は寝落ち厳禁。

●映像、音、音楽(20%×4.0):0.80
・手持ちカメラのドキュメンタリー風の映像が雰囲気にマッチ。