ローズバッド

ローサは密告されたのローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

ローサは密告された(2016年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

「金額」の会話だけで社会告発と骨太ドラマ


最初から最後まで、とにかく「金」の交渉。
ほぼ、それ以外の会話はしていない。
しかも、漠然とした「金」でなく、大金から小銭まで、具体的に詳細な「金額」が重要視される。

冒頭、ローサと息子のスーパーマーケットへの買い出しシーン。
「釣り銭が無いから、飴をどうぞ」と言われるが、ローサはあくまで、小銭にこだわる。
タクシーが入りたがらない、大雨が降りしきるスラムの路地。
シャブ中の博打好きババアへの取り立て、夕食を買う屋台は、シャブでツケ払い。
カラオケマシンの貸し賃、インターネットで遊ぶ小遣い。
ここで交わされる会話も、すべて金の話だ。

このスラムでは、近所に暮らす人々の懐事情や違法商売を、お互いすべて心得ている。
一見、ガメつい金の亡者に思える。
しかし、家族同然のガキには「晩飯食っていきな」と誘う。
さらに、本当に金に困っていることを察知すると、険悪な親戚もなけなしの金を渡し、質屋は相場より高く買ってくれ、さらにポケットの小銭もめぐんでくれる。
とことんシビアでありながら、ちゃんと思いやりがある。

不衛生で危険なスラム、そこに暮らす人々は「善か悪か」で判断しない。
そもそも「善か悪か」など、「生き抜く」ことに、なんの役にも立たないからだろう。
日本の戦後のヤミ市も、こんな感じだったのかもしれない。
安心・安全・便利・快適な現代の日本にはない、すさまじい「人間の生命力」。
それを「恐ろしい」と感じた自分が情けない。

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警察の腐敗に対し、現代の日本だったら、当然、発せられるであろう言葉。
「それでも警察官か!」「権力の乱用は許されないぞ!」という正論を、誰ひとり言わないことに驚く。
もちろん、そんな事を言っても通用せず、暴行されるだけだから。
しかし、もしかすると、ローサ達は、そんな正論自体、考えてもいないのかもしれない…
「よりによって、なんで私なんだ!」と思っているだけかもしれない…
「警察が汚職している」というより、「ヤクザが、みかじめ料を請求している」という認識かもしれない…
発せられなかった言葉にこそ、問題の根深さを感じる。

また、日本なら、売人の母・シャブ中で怠け者の父、を持つ子供に対して「そんな親は見捨てて、自分の人生を生きろ」という意見が、相当数発せられると思う。
しかし本作では、その言葉を、誰ひとり吐かない。
密売は生活費を工面するためである事、親を見捨てても活路がない事、を誰もが理解しているからだ。
それにしても、子供達の「親を助け出す意志」に、まったく迷いや躊躇がないことに驚かされる。
これは、フィリピン社会が、家族の繋がりを大切にしている表れなのか?
それとも、作劇のためのフィクションなのだろうか?

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「ドキュメンタリータッチの撮影が、圧倒的なリアリティを感じさせる」という、うたい文句を、近年の映画紹介でよく目にする。
しかし、この『ローサは密告された』は、そんな言葉では言い表せないレベル。
手法が目的と完全にマッチした結果、ドキュメンタリーよりも、現実を写し取っている。

そして、説明的な映像は一切ない、一方で、非常に印象に残るディテールが数々あるので備忘録↓


警察署の表玄関と裏口の移動が、端折られることなく何度も執拗に描かれ、まさに警察権力の「表と裏」を感じさせる。

「弁護士を呼ぶ権利・黙秘権」とか、一応、形だけ言うんだな。

裏事務所で、ガキが小間使いしている状況の意味が解らなかったが、行き場のないストリートチルドレンが居着く、よくある光景らしい。
オカマと呼ばれる10才くらいの子は雑用係。
年長のもう一人は、リヤカーの売り子に扮し、偵察する密告者とカチコミ警官との連絡係。

令状なしの家宅捜索・逮捕が酷すぎる。
ローサの首を締め上げ、拳銃を顔面に突きつけている。
しかも、それが公衆の面前である。

ビシッと制服に着替え、裏から表の署内へと向かう、下衆だが男前な3級巡査部長。

売人ジョマールの妻はレイプされたのかも?を臭わせる、妻のジーンズがめくれた下着への視線。

テレビを買い取ってくれた所は、何なんだろう?
檻が設置され、中に男がいたが、地元の交番のようなものだろうか?
そうだとしたら、警察署と交番との違いを描いている意味は何だろう?

容疑者に警察のポロシャツを着せる。
警察が「警察に連絡したら殺すぞ!」
根がのんきな父が、宴会のチキンに手を伸ばしている。
場面が変わると、ローサが流血の床掃除をさせられている。
…などなど、可笑しいけど、笑えない瞬間が多々ある。
たぶん冷酷なブラックジョークとして意図して入れているのだろう。