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セールスマンのTabrizmoviesのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
3.7
試写会にて。

「彼女が消えた浜辺」でもそうだったように、郊外のごくありふれた日常を舞台に設定し、どこまでも現実と地続きな物語でありながら、それを見応えのあるスリリングなドラマに昇華する監督の手腕は、本当に卓越していると思う。

カット割り的にも優れていて、エマッドが教鞭をとる教室や、とっ散らかった引っ越しの様子など夫婦の何でもない日常の一コマにも、セリフと共に現代イランの風土がしっかり滲み出ていて、つい画面に引き込まれてしまった。
乗り合いタクシーやパン屋などやはり中東文化圏独特の雰囲気。

イスラムの戒律を背景に、見知らぬ男に暴行を受けたラナが警察に声高に告発できず、ついにはそれまでの平穏な日常、夫婦や舞台仲間との絆に亀裂が入りやがて崩壊していく様子からは、確かにイラン社会の閉塞感を感じとることができる。
しかし、それ以上に登場人物たちの事件を巡る心理劇に焦点があたっていて、普遍的な人間の欲望、葛藤、憤りを緻密に描いたところがこの映画が説得力をもち、高く評価されることになった要因ではないだろうか。

冒頭から何度も出てくる、A・ミラーの戯曲の、ネオンの光るステージと楽屋のシーンが、主に話が展開する寒々としたアパートと対比されるようで、絵的にもストーリー的にもとても良いアクセントになっている。
実際、象徴的な意味をもっているだろうし、原作を知っている人はアメリカとイラン両国の戦後(イランの場合はイラン革命後)体制の社会の変貌ぶりを重ね合わせて 深読みする楽しみもあるだろう。


ファルハディ作品の常連となっているタラネ・アリドゥスティは、少し年を重ねたけれど、やっぱり美しいし、この難しい役をとても自然かつ繊細に演じていて印象的だった。共演の多いシャハブ・ホセイニとの掛け合いも、すでに円熟の感がある。

同じイラン出身のゴルシフテ・ファラハニやレイラ・ハタミなどと比べても、日本ではまだまだ彼女の認知度が低いように思うが、本国では既に映画、舞台、ドラマに多く主演する国民的な知名度と人気を誇る(インスタのフォローは500万越え!)女優の一人。
この作品と今回の来日を機に、ファルハディ監督同様にもっと注目されるようになってほしい。
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