ドーナツ333

セールスマンのドーナツ333のレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
3.7
ネガティヴな意味ではなく、なかなか後味の悪い映画でした。
じゃあ一体どうすれば良かったの?と鑑賞後も考えさせられる作品ですね。
「別離」「ある過去の行方」のアスガー・ファルハディ監督の最新作。とある夫婦が巻き込まれた悲劇を叙情的に描いたミステリードラマです。

主人公の学校教師・エマッドとその妻・ラナ。共に小さな劇団に所属し、公演予定の舞台「セールスマンの死」の稽古に勤しんでいた。
しかしそんな2人を、突如災難が見舞う。住んでいた家を事故で失い、その後引っ越した先でラナが侵入者に襲われたのだ。
恐怖と苦痛から忘却を望むラナと、苛立ちを募らせ報復を求めるエマッド。徐々に気持ちがすれ違っていく中、ついにエマッドは犯人への糸口を見つけるが…というストーリー。

すれ違っていく2人が辿り着いた結末のあまりの苦さがとにかく印象的でした。観終わった後も、心の中に強くシコリを残していくような作品だったと思います。

もし元住んでいた家を失わなければ?
もっと引っ越し先を吟味していたら?
事件の夜インターホンをしっかり確認していたら…?
事件の捜査を警察に任せていたら?

些細なことが積み重って、事態は悪い方向に向かってしまいます。
事件を忘れて静かに暮らしたいと願うラナの気持ちも、激昂し犯人を見つけ出そうとするエマッドの気持ちも各々正しい。それなのに、2人の気持ちは少しずつすれ違い、不穏な空気が流れ始めます。わずかな感情の機微、空気感の表現が本当に上手いです。

そしてクライマックス。ここでも運命の悪戯が、2人の関係、事件の展開に決定的な影響を与えてしまうのです。
結局どうしようもなかったのでしょうか?答えがわかりません。

ただ少なくとも、最後の出来事があったとしても犯罪は犯罪であり、事件の最大の元凶は犯人がラナを襲ったことにあると思います。
そんな事件はそもそも起こさせてはならないし、起きてしまったとしても、被害者が声を上げられず犯罪者が野放しにされるような社会ではいけない。
警察が本当に正しく機能し、被害者の気持ち・プライバシーも配慮され、二次被害なく確実に事件が解決されることが、本来あるべき形だったように感じます。
ただ結局そうではない現実の中、エマッドとラナはどうすれば良かったのか。とても複雑な気持ちになりました。

総じて、緻密で丁寧な描写と設定、役者陣の真に迫る演技など、非常にリアルで見応えのある映画だったと思います。

一方で、地味な内容であることもまた確かです。派手なアクションや大事件が起きるわけではなく、淡々と静かに感情に訴えかけてくる作品です。
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