えんさん

セールスマンのえんさんのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
3.0

教師のエマッドと妻のラマは、小さな劇団で俳優としても活動する夫婦。上演を間近に控えたアーサー・ミラー原作の舞台『セールスマンの死』の稽古に忙しい。そんな中、思いがけないことで住む家を失った夫婦は、劇団仲間が紹介してくれたアパートに移り住むことになる。『セールスマンの死』の初日を迎えた日、先に戻った妻が自宅で何者かに襲われてしまう。夫は警察にも届け出ず、独自に犯人捜しを始めるのだが。。「別離」に続き、本作で2度目のアカデミー外国語映画賞を受賞、第69回カンヌ国際映画祭でも脚本賞と主演男優賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督作。

本作のあらすじを観て、なぜ「セールスマン」というタイトルなのかピンとこなかったですが、どうやら映画の中で劇中劇として展開される「セールスマンの死」を、物語自体のモチーフにもしているので、こういうタイトルみたいです。今年(2017年)のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しているだけあって、力感は強い作品ではありますが、同時にすごく高尚すぎる作品だなと思います。一緒の回で観られた、大阪のおばさま軍団は「なんで、こんなつまらない作品がカンヌ受賞作なの?」と言っておられましたが、たしかに分かり難い作品(笑)。単純に映画を1つのエンタテイメント作で観たい方には、オススメしかねるかなと思います。

鑑賞のポイントになるのは、その戯曲「セールスマンの死」の内容。この戯曲は単純に言ってしまうと、”セールスマン”という仕事をしていた男が、その仕事を失ったことで社会的に抹殺されるという内容のもの。無論、私たちにも見かけ上の顔や人物のしての存在とは別に、”社会的な顔”というものを知らぬうちに持っているものです。どんなにイケメンでも、どんなに家族に恵まれていても、才能や財力があったとしても、例えば、犯罪を犯してしまったら社会的には抹殺されてしまう。いや、抹殺とはいかないまでも、信用が失墜して、それを回復するためには随分な時間と労力がかかるのです。本作は普通に幸せな夫婦関係を気づいていた1組の夫婦が、自宅に入った強盗に暴行された被害者になり、そしてその復讐を果たそうとするばかりに、逆に自分たちの築いてきた(社会的な)幸せをも手放してしまう様を描いているのです。

犯罪の被害者でありながら、1つ歯車が組み違えたことで、夫婦関係はもとい、全てのことが上手くいかなくなってくる。これって、外目から見れば被害者妄想的なものかもしれないですが、当事者になったら、そう簡単に元の生活には戻れないものです。これは犯罪に限らず、単純な人とのイザコザや失恋、仕事の失敗や病気・入院など、身近にそんな落とし穴はいっぱいあるのです。そんな日常に潜む落とし穴に警笛を鳴らしてはくれると思いますが、映画としての面白みには少し欠けるかなとも思います。