emily

セールスマンのemilyのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
4.5
作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演している役者の夫婦。引っ越しした家には前の住人の荷物が残っており、それを廊下に出して暮らし始める。ある日妻が何者かに襲われる。妻は警察に通報しないという。夫は独自に犯人を捜し始める。そこに繰り返される演劇が交差し・・・

 音やサスペンスならではの迫りくるカメラワークなどの演出は一切ない。ただ淡々と出来事を描いていくが、そこに「セールスマンの死」の演劇が交差することで、夫婦の感情のズレと、現実と劇中劇が徐々に徐々に境界線を越えて重なっていく。妻の取り乱した演技はない。だからこそ一つ一つの言葉に重みがあり、夫婦の考え方の違いが浮き彫りになる。そうして観客に問うのだ。あなたならどうするのか?妻の取る行動、夫の取る行動。どれが正しいのか?どの選択をするのが正しいのか?どのシーンにおいても”人間らしさ”が上手く交差し、何気ない会話にも常に考えさせる要素を残していく。
 現実が演劇を越え、演劇が現実を越え、そして作品のタイトルと演劇のタイトルが一致する瞬間。犯人を見つけてから狭い部屋で繰り広げられる会話とそこからのストーリー展開が予測不能でありながら、非常しっくりくるのだ。被害者でありながら、まるで加害者みたいな気分を味わう。加害者に襲う悲劇が人間の心理を見事に操る。そうして残る者にその選択の結果が訪れるのだ。何が正しいのか?何が正解なのか?どこにも正解はないが、それぞれの気持ちが痛いほど分かる展開になっている。それは自分の中にある人間らしい理性や情けがそうさせる。非常にスリリングで目が離せない。そうして終始自問自答するのだ。夫婦を演じる二人の抜群の会話の間と、抑えた表情から見せる夫婦感のズレの表現が絶品だ。
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