陳知春

セールスマンの陳知春のレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
5.0
この映画は感情的な制裁をめぐる「正義」の話しではないかと思う。しかし、主人公が自ら正義を行使しようと足掻いて一体何が残ったのだろう。そもそもアパートが壊されてなければ、ちゃんとドアフォンで確認しておけば..私達が生きている世界がそもそもコントロールの出来ない不条理に満ちている。その中でもがいても虚しさが積もるだけだ。

主人公達が劇役者をしているシーンが何度も登場するが、シナリオに沿って一応意味づけされた世界は、不条理でもまだなんとか解釈の余地がある。しかし、それは映画の中の劇を見る観客しかり、この映画「セールスマン」を見る観客しかり、あくまでそういった意味づけの世界と私達の日常を比較して、一定の満足を得るだけに過ぎない。私達はそこに起きている現象を、空の上から神のように眺めるごと見ているが、それだけだ。思えば主人公が怒りに満ちて犯人を探すのも、どことなく神の怒りや制裁といったものを想起させる。しかし、そういった神の態度をこの映画は少々皮肉っている気もする。神が全てコントロールできるならば、何故何もしないのか。何故、何かが起こったあとに怒りを持って罰すのか。そういった問いかけだ。

言われもなく、イランはシーア派をマジョリティとするイスラームの国だが、様々な政治的歴史的な事情で、欧米化がかなり進んでもいるし、多くの人はその価値観に慣れ親しんでいると思う。しかし、どれだけ神を信じていようが、近代的価値観は、イスラームにおける秩序を揺るがしてくる。しかし、不条理自体は幾らでもやってきてまた勝手に去っていくのだ。
陳知春

陳知春