もっちゃん

ブンミおじさんの森のもっちゃんのレビュー・感想・評価

ブンミおじさんの森(2010年製作の映画)
3.8
初のタイ映画である。タイ映画として初めてパルムドールを受賞したということとタイという不思議で魅力的な国を理解するための何か手がかりが隠されているのではないかということで鑑賞。

私の知識不足ゆえにタイ人の死生観や宗教観(仏教徒が多いらしいがイスラム系も少なくない?)などはいまいち理解できていない。しかし、やはり日本人のように「死者の蘇り」や「森に対する信仰」といったものは共通の概念として存在するようだ。そこらへんはアジア人として歴史的に繋がっているのだろうか。

アピチャッポン監督が自ら語るように今作は監督の個人的な「日記」のような作品のようである。ゆえに断片的に挿入されるナマズと王女の寓話はそれこそ監督の記憶の断片のようなものを切り取って作品に埋め込んだものである。しかし、このシークエンスにもしっかりと意味があり、ナマズと王女の性交は「自然」と「人間」の融合を象徴し、そのまま今作のテーマの一つである。

今作でひときわ違和感を放つ存在である「猿の精霊」。彼?は森の中で悠々自適に暮らす生き物であり、その自由さに時たま人間は魅了される。ただ面白いのはタイ然り、日本然りアジアの「森林信仰」や森に対する「畏怖の念」みたいなものは欧米のそれとはかなり異なっているようであることだ。

欧米における「森」(および自然)は征服・支配するものである一方で、アジアにおけるそれは信仰の対象であり、共生するものである。そういった価値観の相違はもちろん映画にも反映される。今作からにじみ出るのは森をいかに抑圧しようかという意識ではなく、森に対して畏怖を抱きつつも愛し、身をゆだねようとする心理である。

技術的なことを一つ。作品の時間の流れが絶妙にゆったりとしかし心地よく流れていくのはそのカメラワークによるところが大きい。今作ではほとんどハンディカムを使わずに(確認できたところでは洞窟のシーンはさすがに物理的制約からハンディを使わざるを得なかったようだ)、固定カメラを使って、中距離から引きのショットで撮影されている。

この徹底した画面構成によって独特な時間の流れが生まれ、一つ一つのシークエンスがそのまま絵画のように見えてくる。何かにかき乱されることもなく、タイの日常をじっくりと映しながら物語は進んでいく。まるで画面からマイナスイオンが出ているようだ。