TaiRa

ブンミおじさんの森のTaiRaのレビュー・感想・評価

ブンミおじさんの森(2010年製作の映画)
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何だか観るタイミングを逃したままだった今作、劇場で観れて良かった。静寂と暗闇で観る前提の映画。

冒頭の牛が紐を振り解いて草原を走る画の夢のような美しさがまず素晴らしい。薄暗い遠景の中、ポツンと黒い影(牛)が草原を横切るとこなんてスクリーンで観ないとよく分からない。カット尻の長さが何かを予感させ、精霊の映った瞬間の素っ気なさにギョッとさせる。食卓を囲んでいると何の前触れもなく死者が登場するのも異様。唐突にフェードしてくる死者の像をすんなり受け入れる生者たち。そこへ何かがやって来ると察知しみんなが階段を見ると、のそりのそりと暗闇から赤く目を光らせた猿の精霊が登場する画も素晴らしい。生者と死者と精霊が食卓を囲むカオティックな映像だが、これが同時にホームドラマの食卓風景の再現になっているのも凄い。その後にお手伝いの青年がいつの間にかフレームインしているのもびっくりする。何かが画面に映る瞬間がいちいち面白い。何も映っていない風景ショットも何かが映るのではと無駄に凝視してしまう。アピチャッポンは今作に過去のテレビや映画の記憶を映しているとか言っている。記憶の中にある映像芸術と記憶の中にいる死者が交わってスクリーンに映される。スクリーンに映っているのが一律に役者/生者の虚像だと思うと面白い。生者も死者も精霊も虚であり実として映画の中に存在しスクリーンに映写される。複製芸術を体現するように分離した自分を見つめる生者の画が何処か感動的なのも不思議な魅力を放つ。洞窟の暗闇の中から、劇場の暗闇に届く夢が映画なのだ。
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