天豆てんまめ

ハクソー・リッジの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
4.0
本当にそんなことあり得るのだろうか。デズモンド・トス。という一人の衛生兵の人生を描いた映画だと知って、私は信じられなかった。何ひとつ武器を持たないで、戦地を駆け回り、たった一人で75人もの命を救った実在の人。「皆が殺し合う戦場で、僕は命を助けたい。」本当に、そんなことが通用するのだろうか、、半信半疑の気持ちで私は劇場に向かった。

まず何よりも、メル・ギブソン監督で沖縄戦が描かれるということの不安は大いにあった。「パッション」「アポカリプト」でのドS,いやドM演出の波状攻撃が思い出されるが、予想通り、その戦場描写は激しく、そして長く、そしてしつこい。「プライベート・ライアン」のあの冒頭描写が中盤ずっと続く感じ。しかも、今作では前半に愛着が出てきた兵士たちがどんどんヤラレテいく、、観ていて、正直、とても辛かった。早く、この戦場のシーンを終えてくれないだろうか、、、日本兵が次々に殺されていくのも観ていて心が痛い。テレンス・マリックの「シン・レッド・ライン」のような雑な日本兵の描き方ではなく、日本兵側も必死に誇りを持って抵抗しているのを描いているが、それでもやはり米国側の視点の勝利を描くことに変わりはないわけで、そこを見続けることも辛かった。とにかく戦争は絶対嫌だ、と心底思わせることには成功していると思う。いったん始まると全てが通用しない世界になる恐ろしさ。

トスを演じるアンドリュー・ガーフィールドが何より素晴らしい。彼自身がきっとかなりスピリチュアル、そして独自の信念を抱いている役者なのではないかと思う。「沈黙 サイレンス」でも信仰に生きる宣教師の葛藤を演じていたが、あちらは静かなる深き思想の葛藤、そして、本作は、戦場の激動の中、その本当の強さが試される。相当の試練が必要な役柄だったと思うが、見事に説得力をもって、演じ切っている。

前半の看護婦役のテレサ・パーマーと恋に落ちる描写、彼のピュアさが彼女を振り向かせる。アンドリュー・ガーフィールドのふわっとした笑顔がどこか浮世離れしている感じだけど、この恋のシークエンスがメル・ギブソン演出とは思えない雰囲気で微笑ましく素敵だ。ヒロインとしてテレサ・パーマーも芯の強さが滲むキリッとした美しさで力強い印象を残す。

ひょろひょろで兵士に全く向かなそうなトスが「殺し合うのではなく、助ける」為に衛生兵を目指すが、訓練中も銃を持つことを拒否することで、周りの溝は深まっていく。特に伍長役にコメディ映画の代名詞的なヴィンス・ボーンがどこかユーモアを漂わせながら、偏執的な軍曹を演じているのがなかなかニクイキャスティング。前半のロマンスから訓練でのシビアさとユーモアのバランス。ここでもメル・ギブソン演出の上手さを感じた。

そして、第一次世界大戦で多くの仲間を失くし、絶望の末アル中になったトスの父親役には「マトリックス」のエージェント役の印象が強すぎるヒューゴ・ウィービング。彼が今まで観たことの無い名演を見せてくれる。息子たちが戦場に行くと決断した時の彼の苦悩、そして、息子が軍事裁判にかけられ窮地に陥った時のある行動に泣ける。

でも過去の因縁も深い。アル中だった父が母へ暴力を激しく奮うのを見たトスが拳銃を父親に向けるシーン。父は力なく「殺してくれ」という。その時はトスは引き金を引かなかったが、心で引いたことを忘れない。クリスチャンの彼が人生で一つ絶対に曲げないこと。それは「汝、人を殺すなかれ」という信念。

こう描くと、観ていて重く疲れる印象を持つかもしれないが、確かにそういう部分もあるかもしれない。でも、彼の信念がまさしく戦場で発揮される怒涛の救出は、もう、ほんと、心揺さぶられる、、「あと、もう一人」「あと、もう一人」「あと、もう一人、、、」先の生死は分からない。ただ、目の前の人を助け出す。本来であれば、そのまま死んでいただろう兵士たちの命を繋いでいく。

今まで、彼をただの臆病者と捉えていた仲間や上官の彼の見る目が180度転換する瞬間もまたたまらない。彼の信念が本物中の本物だったことを誰もが認めざるを得ない。訓練中はボコボコにされ、人間否定されて、何ども除隊を迫られ、何度も落伍者の烙印を押されても(夜中、誰かにボコボコにされた翌朝、伍長が流石に諦めるだろうと、もうよくやったと除隊を促すシーンの「間」が心に残る。周囲は皆諦めると思っている。空気の流れは必然。しかし沈黙の後「まだ、倉庫の掃除が残っていますので、、、」皆は唖然)なぜ、そこまで信念が強いのか。それは単なるプライドなのか、狂信的思想なのか、トラウマなのか、私は観ながら、その信念の底にあるものは何なのか、、それを時に疑い、時に驚き、ただ見つめていた。

答えはわからない。でも私はもし彼がその意固地とも見える信念を捨ててしまったら、愛する家族、それ以上に自分自身に対して本当に大切な誇りを捨てることになる。つまり自分で無くなってしまうことを恐れたのではないかと感じた。

この映画で思うのは、信念の強さとは何か、それを自身に問い続ける139分だということ。彼を聖書の言いつけを守るクリスチャンだから、と特別視して、他人事に思うのはもったいないと私は思う。自分にもあんな極限の状況でも、いやそこまでは言わない。日常の中で、周囲に否定され、何もうまくいかなく、自己否定するしか無いような状況の中で、それでも守りたい信念って何だろうか、、、と問いかける強さがこのテーマにある。

夢を叶えるというのは、自身の最高の理想を目指し続けるということで、そうした視点も人生には必要だろう。でも、本当に辛い時、ギリギリなところで自分を支えてくれるのは「どうして、それでも、私は諦めないのか」という問いかけだと思う。そしてその諦めない理由には、きっと自分の信念がそこにあると思う。そこはやはり自分の中で、深く築き上げていた方がいいと思った。それは宗教や思想じゃなくてもいい。自分が貫きたい生き方でも自分が守りたい大切なものでもいい。うまくいっているときに信念は要らない。高い壁にぶつかったとき、全くうまくいかないとき、自分を支えてくれる信念となるのではないか。

この映画を観て、デズモンド・トスの生き方を観て、私はその信念の究極の姿を教えてもらったような気がする。是非、今、何かに取り組んで、厳しい状況にあるのであれば、もしかしたらこの映画はあなたの力になり得るかもしれない。

今も心に残るのは、彼のどこまでも澄みきった瞳だ。その瞳を思い浮かべ、今もまだ一つの問いがリフレインしている。

「なぜ、あなたはそれでも諦めないのですか?」