開明獣

ハクソー・リッジの開明獣のレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
1.0
メル・ギブソン監督の新作、「博士と狂人」公開に伴って、世評の高かった本作のレビューを再掲。初出時は、一桁の方しかご覧になってないので、お許しを。生粋の天邪鬼、開明獣の壊れた頭でのレビューゆえ、これまたお許しを。言い訳めくかもしれませんが、メル・ギブソンは大好きな映画人です。それでは、始まり、始まり・・・

始めから終わりまで止むことのなかった違和感の原因は何なのか?砂を噛むようなジャリジャリとした感覚は、ジワジワと脳内を侵食していく。

今でも中東やアフガニスタンなどの戦闘地域から戻ってくる兵士がPTSDに苦しめられ、多くの方が未だに悩んでいるという。帰還者の自殺率も異様に高いそうだ。「ディア・ハンター」しかり、「アメリカン・スナイパー」しかり、戦争という狂気の行為の幻影に囚われ、苛まれ、滅ぼされる様を描いた作品は少なくない。

この映画の主人公は、自らの信条として武器を持たず、命を懸けて衛生兵として多くの生命を救ったという。それは素晴らしいことだし、戦争に関わった人達には、それぞれ個々人の物語があったことだろう。

だが、戦争に関わる行為そのものを美化してしまうことに、どうしても共感することが出来なかった。主人公自身の生き様は素晴らしくても、結局は、戦争に従事した人たちを格好良く描いているのが恐ろしい。

アメリカの亡くなった作家、カート・ヴォネガットは、第二次大戦で、多数の死者を出したドレスデンの空爆時にアメリカ軍兵士として従軍しており、敵側の捕虜として捕らわれていた。その時の経験を元に書き、映画にもなったのが、「スローターハウスNo.5」だ。その経験がトラウマになっていて、書こうとしても長年書けなかったドレスデンの悲惨な空爆の有様を書こうと、ようやっと決心し、ヴォネガットはかつての戦友の家を訪れる。戦友と、ドレスデンについて語り合うヴォネガットに、その戦友の妻は苛立ちを隠せず、こう言い放つ「どうせジョン・ウェインが活躍する西部劇みたいな本を書くんでしょう!!それを読んだ子供達は戦争をしたがるんだわ」、と。

その言葉に衝撃を受けたヴォネガットは、そんな本には決してしないと約束する。「スローターハウスNo.5」には、ヒーローなどは誰も登場しない。時空を行き来する主人公と、その周辺が暗く黒い笑いで描かれている。これが戦争を描いた小説なのか?最初はそう思うかもしれない。が、その本はベトナム戦争時代の反戦の象徴のような存在として読まれていた。

絶対悪としての戦争を描く上で、ヴォネガットは何一つとして、戦争が賛美されるような内容を選ばなかった。だが、この映画では、主人公が手榴弾を手で弾き返し、蹴り返し、味方を助ける様がスローモーションで美しく描かれていく。彼が命を懸けて駆け回った戦場では、敵味方入り乱れて殺戮の限りを尽くしている。その中で一人武器も持たず、命を助けるべく奔走した事は英雄的行為であるのとに間違いはないが、それは戦争という限定された条件下だからこそ起こり得たことなのではないか?そして彼が助けた兵士はやがて他のものの命を奪っていく。何故ならそれが絶対悪としての戦争の本質だから。

違和感はやがて嫌悪感へと変わり、最後まで消えることはなかった。
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