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アイノシルシのshishiraizouのレビュー・感想・評価

アイノシルシ(2006年製作の映画)
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フルモーション第9弾、今回、主演をつとめるのは人気AV女優の亜紗美。映画ファンには先ごろの井口昇監督『おいら女蛮』におけるバンカラ口調の女蛮子(すけ・ばんじ)役や、フルモーションレーベルと同社(フルメディア/AMGエンタテインメント)から出ている別シリーズの一編、『くりいむレモン 亜美の日記』の主演が記憶に新しいかと。今回は性交をした翌朝には鼻の頭がぽっちり赤くなる、奇妙な体質の娘に扮します。

監督は『エコエコアザラク』のテレビシリーズや、ジャンクなビデオ作品で活躍の広田(廣田)幹夫。『夜光蟲』(99)や『呪女/NOROIME』(00)などの監督作品がある。主として手掛けるジャンル傾向はオタク寄りのエロ・ファンタジー/ホラーといったところで、もう中堅の部類にはいると思われます。積極的に新人起用の多かった当シリーズでの起用は意外な感じがあり、プロデューサーの意図が計りかねますが、今作、物語要素が男女間のストレートな関係性(〈夫と妻〉)に閉じない、〈家族〉〈親と子〉というテーマをも包括するおおきさをもったものだから、ベテランの確実な演出を必要としたということなのか。

製作と脚本をいつもながら兼ねる永森裕二の抱えるテーマが、〈夫婦〉から〈家族〉に移行したのか。それが本作に接しての最も根源的にうけた印象/感想。

序盤、うわべは仲睦まじく笑顔で対話する真野一家のようすが柔らかく淡々と描かれる。色フィルター撮影はされているものの、どこか鈍くさいタッチで、これまでのフルモーションのスタイリッシュなスタイルとは好対照。松竹映画をふと想起した。小津安二郎みたいな話(娘をそろそろ嫁にやらにゃ、見合い、本音を言わない会話‥)だが、シネスコみたいな横長の画面でちっとも構図が決まらずだらしないのはむしろ山田洋次を思わせます。

お見合いを父にお膳立てされるが、うわべの笑顔で本音を言い合えない空気のある真野家では、どんな人なの?と訊くのも一大事。両親は前日性交の〈シルシ〉である鼻の赤ぽっちの症状が娘にしばらく表れていないことから、AV男優をやっているというオゾマシイ彼氏とは別れたと思っていたが、男優は最近プライベートではインポ真っ只中だっただけで二人はズルズル続いていたのだ。

そんななかで、生真面目そうな雪男という見合い相手と結婚するしおり。新婚旅行から帰ってきた亜紗美の鼻ポッチを確認して両親は安心する。
しかしAV男とはまだ続いていたうえ、彼のインポが治る。さらに実は雪男にも長い付き合いの女(宝月ひかる)がいた。劇中、母娘で観にいく邦画『タイタニックⅡ』の主演男優が亜紗美と同じ病気で破局したという報道がおおっぴらに流れる。ダンナの雪男はラブホテルで宝月ひかるとならんで、さっきAV男とシタばかりのしおり/亜紗美は両親とならんで、TVにみいっていた。このままでは、確実に浮気がバレる。。

浮気が判明することによって相手を傷つけるのか、不誠実に隠すことによって傷つけず裏切るのか、円満に過ごすために知っているのに知らないふりをするのか。このさきのW不倫2組の男女の闘争は、純粋機械として論理的に展開されていくのだが、その闘争とは〈本当のことを言わない優しさ/冷たさ〉と〈本当のことを言う優しさ/冷たさ〉の陣地の奪い合いということになる。抽象的な概念が映画全体を闘争運動体として動かすなか、登場人物たちは徐々に論理を補完する抽象的な部品と化す。そのため、なつかしや『クエスチョン』みたいな音楽の鳴り響くダンナと宝月ひかるのロングショットの追っかけシーンにしても、人物は概念を代表するモノとして作動しているだけな感があり、ふたりの気持ちが感情として迫ってこない。宝月が「何でも言いあえる人と結婚する」と宣言する台詞も、理が露出しすぎていて肉体をもつ人物としての宝月ひかるの哀しみも、空虚に聞こえた。

〈本音を言い合う〉困難と〈本音を言い合わない〉円滑は、たしかに男女の大テーマであるが、もうひとつのテーマつねに〈親と子〉〈家族〉という共同体を維持するための〈本音/非本音〉という理念とどこかかみ合っていなくて、ひとつのドラマとして盛り上がっていかない。道具だては『脱皮ワイフ』の焼き直しなのだが、〈家族〉のテーマが前面に出て感情の結晶作用が停滞した。

これらのことは、この〈夫婦の性に特化した〉フルモーションというシリーズの終焉の予兆と言えるのではないか‥。誰も切なく輝かないなか、物語的決着をみたあとの終盤、〈家族〉の主題を余韻のように語る場面はしみじみと良い。父母が夜中、暗いなかで酒をのみつつ「なんのお祝い?」「そうだなあ、しおりと話せた、お祝いかな」と交わす会話のよさ。ラストシーン、しおり、雪男、しおりの両親と揃う、朝の団欒の場面で母親によって示されたあるサプライズは、映画全体を幸福な色に染め上げた。

前作から引き続いての登場となる宝月ひかるは出番も多く、演技も達者なのですが、前作のキャラと何の関わりもない役柄で、チェーン方式(前作のキャラクターが次作に再登場する)をウリのひとつにしているこのシリーズに対する、作り手による破壊ではないのか‥。


さて、記念すべき10作目となる次作『ロトセックス』は、同じく広田幹夫監督で、主演はなんと超大物AV女優の南波杏!!(発売は11月24日予定)

2006.9
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