okome

アリータ:バトル・エンジェルのokomeのレビュー・感想・評価

3.5
「あなたに全てをあげる。わたしの心も」


この作品、ジェームズ・キャメロンが製作総指揮に関わっているせいか、「映像美」や「技術革新」なんて言葉がさんざん宣伝に使われていました。
確かに、予告で見る限り舞台となる街の情景は綺麗だったし、スピード感溢れる戦闘描写は迫力がありそう。すごいなと思う反面、でもまぁ大体こんなもんだろうと高を括ってもいました。
CG全盛の現代に於いて、スクリーン上に映し出せない物はほぼ無いと言う事を、自分たちは既に知ってしまっています。『アバター』の10年前ならまだしも、『アクアマン』で水中の描写まで完璧に仕上げてしまったこのご時世で、映像に驚かされる事なんてもう無いだろう、と。


……はい、猛省致します。

完璧にナメきってました!
キャメロン、あんた凄いよ!

この映画、宣伝通り本当に未曾有の映像体験を提供してくれるのです。それが何かと言えば、世界観の描写でも派手な戦闘シーンでも無い。
主人公の少女、アリータの存在そのものです。


演者(ローサ・サラザール)の演技をキャプチャーして、一から作り上げたというアリータの造形。
わざわざそんな手間をかけてまで「作り物」である事を全面に押し出しているにも関わらず、彼女の実在感は圧倒的です。
スクラップ場で拾われて目覚める冒頭の1シーンからして凄い。ただベッドから起き上がる一連の動作だけで、彼女が身体的にも精神的にも未成熟な存在である事が強く感じ取れてしまうのです。
慣れない代替のボディでよろめく小鹿のような華奢さ、不安げに揺れる大きな瞳。
そして何より、自分は手の表現にグッと心を掴まれました。関節も剥き出しの人形じみたそれが動いた瞬間、指のしなやかさや子供特有の手のひらの柔らかさまで想像できてしまい、思わず触りたくなってしまったほど。

その後も彼女の一挙手一投足を夢中になって追いかけていたはずなんですが、不思議な事に映画を観ている最中は全くそれを意識していませんでした。
それだけ自然に、いつの間にか彼女を
「実在するもの」として受け入れていたのです。
アニメーションとは違う。
かと言って、実写にCGを同居させるのではなく、CGに実写を同居させるのでもない、丁度その中間。
明らかに作り物であるはずなのに、心の通った人間にしか思えないその造形美と身体表現。
これが、サイボーグと人間の差、「心はどこに存在するのか」を問う物語のテーマとも密接に繋がっていて本当に見事だと思いました。


そして、そんな彼女を見ていて想起する感情は、紛れもない「保護欲」です。
優しい人たちに受け入れてもらえてふっと身体の力が抜ける綻び、初めての食事でオレンジを口に入れた時に見せる本当に幸せそうな表情、夜遊びを叱られてむくれてしまういじらしさ、そして、自分を直してくれた人と寄り添って歩く微笑ましい姿。
彼女が感情を顕わにしていく度にこちらも嬉しくなるし、その存在の罪の無さゆえに「何とか幸せになって欲しい」と願わずにはいられない。
これは完全に我が子を見守る親の視点です。
そもそもキャメロン本人がインタビューで語ってしまっていますが、彼は原作の『銃夢』を元に脚本を執筆し始めた際、アリータに当時13歳だった自分の娘を重ねていたとのこと。
つまり、自分たち観客は、最新の映像技術を駆使した彼の親バカっぷりにまんまと乗せられたと言っても過言ではありません(過言です)。

アリータを庇護するDr.イド、クリストフ・ヴァルツの名演技も相まって、彼の視点がそのまま観客の感情と重なる。彼のアリータを大切に思う気持ち、そして大切であるがゆえに過保護に束縛してしまう困ったお父さんっぷり。しかしやがて、娘の自立を受け入れる事を学び、彼女を外の世界へ送り出す決心をするのです。
そんな彼の思いやりを知ったアリータが、直後に「ボディのアップグレード」という形で少女から成熟した女性の姿に変貌するシークエンスは素晴らしいの一言。
「親離れ」「子離れ」がもう一つ大きなテーマとしてこの作品に存在しているのは明らかで、それが描かれていた物語中盤まではあまりにも映像とこちらの感情が合致し過ぎていて、ずっとボロボロ泣いていました。


しかし、それ以降の展開は何だか途端に大雑把になっていってしまい、登場人物の心情も誰一人として理解出来ず、なし崩し的に中途半端なまま物語は終わってしまいます。せっかく大人になったアリータに、今度は恋をさせてもらえると思っていたのに(冷静に考えると「親の視点」とか書いた後にこの言い草はヤバいな……)、非常に残念。
前半と後半で何故こうも物語の質が変わってしまったのかと疑問だったんですが、どうもキャメロンが本来書き上げていた脚本が60ページ程削られてしまっているらしいのです。
これは明らかに采配ミスじゃないか、作品を台無しにしやがって!と監督に腹を立てたいところなんですが……今作の監督、まさかのロバート・ロドリゲスなんですよね。

あくまで個人的な見解なんですが、彼の作品って、面白そうな要素が滅茶苦茶に詰め込まれていて、それが取っ散らかったまま勢いだけで最後まで突っ走るようなものばかりです。まさに今作もその有様。それでも自分はこの監督が大好きなんです。
何故かと言えば、彼はいつもやりたい事を全力でやっていて、かつ観客の度肝を抜いてやろうという気概だけはヒシヒシと感じる事が出来るから。
きっと今作もそうだったのでしょう。
モーターボールのシーンなんて明らかに必要ないけど、ド派手で楽しそうだからどうしても入れたかったに違いありません。
永遠の中学生の情熱を前にして、キャメロンも観念したのでしょう。「君のスタイルで作れ」とアドバイスをして、製作現場に殆ど足を運ばなかったという裏話も、彼の親心が伺えます。

うん、わかるよキャメロン。
楽しそうに遊んでるのに、オモチャを取り上げる事なんて出来ないよね。
だから皆さん、どうか責めないでやってください。
彼に悪気は無いんです。ウチのロバートは興味を持った事はやらずにはいられない、好奇心が強いだけの根は純粋な良い子なんですから。
ビッグバジェットの柄じゃないって?
余計なお世話です。そんなことを言うなら、お宅のマイケル・ベイ君はどうなんですか。
okome

okome