さらだ

メリー・ポピンズ リターンズのさらだのレビュー・感想・評価

2.0
メリーポピンズが登場して初めての歌に出てくる「想像できる?」ってセリフが、「私はあなたたちに夢を与えるものよ」って意味に聞こえて嫌だった…解釈違いすぎる…メリーポピンズは夢を与える人じゃなくて、近くにある夢に気づかせてくれる人だったはずなのに…

まずメリーポピンズがマイケルとジェーンの家にまた戻ってくるなんてテーマそのものが、前作の質すら下げる行為。
前作を見た時、「きっとメリーポピンズは私たちがいくつになっても美しいメリーポピンズなんだ」って理想を、心の中にみんながもっている。そのこと自体がメリーポピンズが与えてくれた美しいものの一つだったはずなのに、「マイケルたちが子供から大人になっても美しいメリーポピンズのままなんだよ!」としたテーマは、前作がわざと残していたワクワクする余地を殺した。
さらにこのテーマ設定は、観客からすれば「この家(バンクス家)が特別」がメッセージとして受け取れてしまって、もう目も当てられない…(メリーポピンズは私のところには来てくれないの?)
火付け職人の街頭ダンスの時も「チェリー通り17番地」を強調して言ってて、「特別なのはこの街」って言ってるようなものだった。
あと単純に、前作を見た人はこんな荒れたマイケルを見たくない。
「忘れてももう一度気づかせてくれる」なんてテーマが野暮すぎて良くない…

「馬鹿げたことで毎日を楽しく」なんてセリフもメリーポピンズじゃない…
メリーポピンズは完璧なレディなのに…
実際は一緒に楽しんでくれても「馬鹿げたことで楽しんでやるわ!」なんて野暮なこと言う人じゃなかった…

マイケルが子供たちを怒鳴って、メリーポピンズが「あの頃教えたことを忘れてしまったのね」みたいな悲しい顔をするのも解釈違い…
完璧なメリーポピンズはマイケルが変わっていたっていちいち動じたりしないはずなのに。

敵を作るのも作品のシナリオ作りに手間をかけない工夫に見える。
メリーポピンズ前作が伝えたかったことには敵なんか必要ない。
敵を蹴散らすために魔法なんか必要じゃないのに、どうしてメリーポピンズの魔法をそんなくだらないことに利用したの?

陶器の中の犬も「僕は犬だよ」なんて言うのは、「人間とは違う存在」を強調しているようなものじゃないでしょうか。
人間とは違う存在なんて、「メリーポピンズ」という作品の中ではどうでもいいことじゃないの?数少ないセリフの時間を削ってまで言わせないといけないことだった?

ダンスで足を開くのだってレディのすることじゃない。
メリーポピンズは足を開くダンスをする時には「あら、ちょっとはしゃぎすぎちゃったわね」の表情をしてたのに…。

「表紙に騙されないで、中身を大切に」?
説明をしないメリーポピンズのはずが野暮な説明をしすぎてない?
メリーポピンズはそんなこと言葉にしなくても体現してくれていたはずじゃない?(あのときの薬は何味だった?)
金持ちの女性の話なんか最悪。
見た目よりもお金が大事だって言ってるの?

ジャックの立ち位置もよくわからなかった。
バートのポジションをこなしてるつもりなんだろうけど不自然な待ち伏せ演出があったり、なにより気分が悪かったのはメリーポピンズに要求して、メリーポピンズもそれに応えてあげるダンスシーン。
とにかく相手のことを尊重できない世界で、品がない作品。

やっぱり敵が出てくるのが悲しかった。
現実に敵を懲らしめなきゃいけないことってある?
バートはマイケルやジェーンのお父さんのことを「別の視点から見てみよう」「君たちの周りにはたくさん人がいて守ってくれているけど、君たちのお父さんはどう?」って教えてくれてた。
敵だと思ってた人も理解を示せばそうじゃない。
メリーポピンズという作品はそんなこといちいち言葉で説明するんじゃなくて、それを体現してみんなに示してくれてた。
それを敵だのお金だの魔法だの…
1番大切なのは魔法じゃない。
魔法なんかなくたってひと匙の砂糖があれば苦い薬だってどうってことないって気づけることじゃないの?
魔法がないと解決できない、なんてつまんない話にしてほしくなかった。
時間を戻すなんてつまらないことにメリーの魔法を使って欲しくなかった。
過去の2ペンスが巨額になって残ってたなんて寒すぎる…

これをディズニースタジオが作ったなんて信じられない。
ウォルトディズニーが伝えたかった「イマジネーション」を何もわかってない。
この作品のタイトルが「魔法使いの不思議なおばさん」だったらもっと楽しかった。

点数は1番低くしたいけど、アニメーションと実写を混ぜる技術だけは綺麗でだったので、ディズニースタジオの技術力で加算しときました。
さらだ

さらだ