悪魔の毒々クチビル

手紙は憶えているの悪魔の毒々クチビルのレビュー・感想・評価

手紙は憶えている(2015年製作の映画)
4.8
大変素晴らしい作品だと思います。

ゼヴですが、重度の認知症を患っている彼の姿がとても生々しかったです。
「ルース?ルース、どこにいるんだ?」
目覚める度に亡くなった妻のすがたを探し、マックスから受け取った手紙を読み返して、彼女がこの世を既に去っていたことを知り悲しみに打ちひしがれる。

この件を劇中では何度も繰り返します。
何せ一度眠ってしまえば妻のことも、自分が復讐の旅路に就いていることも忘れてしまうのです。
それが移動中の電車であっても、ホテルで入浴中でも。当然手紙をまた読むまでは、今いる場所すら分からないのですがまず最初にすることは妻を探すことだったんですよね。
ゼヴにとってそれだけ近くにいるのが当たり前で、かけがえのない存在だったというのがよく分かり、とても切なかったです。

そしてその旅路も、観ていて色々と危うかったです。
そもそもいくら歩けるとは言え、認知症の老人に任せるには相当な賭けですからね。
鞄に道中で購入した銃を忍ばせて内心ヒヤヒヤしながら国境を越えたり、カフェではベタなハプニングのせいで店員が手紙にコーヒーを溢しちゃったり。
挙げ句の果てには、ナチ信者の保安官に襲われて失禁してしまいます。ここのやり取りは見応えありました。

こういった奇跡的な運の良さと悪さが交差しながら、一歩一歩確実に家族の敵へと近づいてくゼヴ。
彼を演じたクリストファー・プラマーは本当に素晴らしく役を全うしていましたね。あとピアノを自ら弾く場面がありますが、巧かったです。

何よりも見事だったのが、前半は忘れてしまうことの哀しさが良く伝わってきたんだけど、物語が佳境に向かっていくに連れて、それがやがて思い出すことの恐ろしさへと変貌していく様ですね。
終盤のとあるシーンで、劇中最も張り詰めた空気の中、ゼヴが呟く''I remember.''がそれを巧みに表していて、かなり重くのし掛かりました。
その時の彼の表情も完璧。

俺にとっては忘れられない映画の一つです。