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アリー/ スター誕生のKKMXのレビュー・感想・評価

アリー/ スター誕生(2018年製作の映画)
3.7
デーハーなスターが爆誕する、アゲアゲな音楽全開のPV映画…だと当初は思っていましたが、流石に違うと認識して鑑賞。思っていた以上に暗いガーエーでした。

結構売れている中年のロッカー・ジャクソンに見出されたアリーがスターの階段を駆け上がっていくが、徐々にジャクソンとすれ違っていき…みたいなストーリーです。
アリーとジャクソンが逆転していく栄枯盛衰的な話かと思ってましたが、アリーが成功と引き換えに本当の自分を見失ってゆき、2人の関係が変わっていく話でした。

ジャクソンに見出されたころのアリーの歌は本当にスピリチュアルです。ジャクソンのライブにゲストで出演したときに歌った代表曲Shallowはメチャクチャ良かった!ジャクソン食われたな、って思いましたね。
しかし、売れっ子になっていき、ポップなR&Bとか歌いだすと、アリーの歌に宿っていた精神的な輝きは完全に失せていきました(しかし歌詞では自分の迷いが表現されていた曲もあり、そこはアリー流石と思った)。
登場したときはどう見てもストゥージズ時代のイギーポップだったアリーの風貌は見違えるようにどんどん美しくなっていきます。キラキラしていけばいくほど、アリーに対してジャクソンは「本当の君ではない」、果ては「醜い」とまで言っておりました。ジャクソンだけが解っていたんですね、アリーに生じている本質的な変化を。


この一連の流れを観て、これが世に聞くセルアウトってやつか…と痛感しました。
セルアウトとは何か。それは自分の本質的なコントロール権を他者に譲り渡すことです。本作だとアリーはマネージャー・レズにコントロールされています。ダンサーいらん、と突っぱねても、結局ダンサー付けてコンサートやってました。
しかも、アリーは積極的にセルアウトしたわけではなかった。巻き込まれるように、気づいたらセルアウトしていた、みたいな感じであり、なかなかの怖気を覚えました。
なので、セルアウトってメジャーになって売れるとかではないんですね。芸術家としての魂を売り渡すことがセルアウト。

あれじゃあ、アリーの部屋に飾ってあったキャロル・キングが泣くね!逆に、キラキラ女子化せずにジワジワ売れたら、アリーもキャロキンみたいになっていたかも。
また、ポップアイコン的な戦略を用いても、彼女のルーツであるドラァグクイーンたちの魂をキープしていればセルアウトにはなりません。それこそ、レディ・ガガそのものですが。

ジャクソンはもともと心に傷を負っている、いかにもグランジ・オルタナ世代のロッカーなので、彼が必要としているのは魂を売り渡したキラキラのアリーではなく、イギーポップみたいな風貌のスピリチュアルな本当のアリーです。
ジャクソンはアリーの魂との出会いで生まれ変わりつつありました。なので、魂をセルアウトしたアリーとは交流不可能になっちゃうんですよね。何度も「元の君に戻ったら…」みたいなことを繰り返し述べているのが哀しい。アリーのセルアウト後、ジャクソンはガタっと自分自身を保てなくなるのも宜なるかな。

セルアウトの結果、アリーは表面的な成功は収めるけれど…本作は本当に大切なものは何かを問うてくる、普遍的な悲劇だと感じています。


ただ、136分は長いな〜。カメラが近くて生々しく、しかも長いから息詰まる感じでした。中だるみも割とキツかったです。もっとコンパクトならば良かったのになぁ。あとジャクソンのバンドのサウンドが好みではなかった。弾き語りは良かったけど。
名作だと思いますが、上記のように観心地悪く、点は低めです。
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