ペジオ

ディストピア パンドラの少女のペジオのレビュー・感想・評価

3.6
人間の生物としての特異性が「感情移入する事」であるのなら、それを抱えて滅ぶが生物としての必然であり義務

フィクションにおいて2つの勢力が描かれる場合、「その中間に立つ者」はその世界で重要な存在であり主人公として扱われやすい
総じて彼あるいは「彼女」の選択が均衡を保ったシーソーゲームに一石を投じ一方に比重が傾く結果となる展開が多くなる

ゾンビ映画(とは明言はされていないが、描写は完全にその範疇に収まるであろう。)的に「眠るゾンビ」とは結構珍しい描写だったのではないか
コレ以外にも母性であったり、集団でのカースト描写だったり、人間の出来る範囲での動きだったりと、ハングリーズは所謂「歩く死体」ではなく「生き物」として描かれていた
観終えてコレはゾンビ映画ではなく、「寄生獣」や「ボディ・スナッチャー」の様な「次代の万物の霊長の座を巡る争い」を描いた映画だったと気づく
人間目線の理想論を挟まなければ訪れる決着はこうなるのが論理的だろう

ラストを観てるとこのキャラはハングリーズにとって「神」として語り継がれるのかなとか(人間にとっての「神」もこうした良く似た別の生き物であったのかも。)、あのキャラも生きていれば結局「アダムとイブ」になって人類という種の芽が残ってしまうであろうからソレをしなかったのは製作者達はひとかけらの希望も残さず本当に人間を根絶する気なんだなとか、それでいてハッピーエンドの雰囲気を醸し出してるのはこの種の繁栄を歓迎してるんだとか色々(主に宗教、神話的な側面で)考えたくなる