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魂を救え!のnetfilmsのレビュー・感想・評価

魂を救え!(1992年製作の映画)
3.6
 1991年のある日、マチアス・バリエ(エマニュエル・サランジェ)は父の死をきっかけにして、ドイツのボンからフランスのパリへ列車で向かう。外交官の友人ジャン=ジャック(ティボー・ド・モンタランベール)を従え、楽しい旅になるはずだったが、パスポートを見て検閲官の顔がみるみる曇る。いきなりパスポートの書類に不備があると言われ、別室に連れて行かれた彼は、大柄な税関検査員の過激な取り調べに鼻血を流してしまう。やがて無罪放免となり、ホテルに着いたマチアスはスーツケースを開けて驚く。何とそこには白いガーゼに包まれた人間の頭部が紛れ込んでいた。今作はドイツからパリへの旅の途中で、思わぬ事件に巻き込まれた主人公の数日間を描いたスリリングな犯罪映画で、ある政治的思惑に翻弄される男の恐怖を描いた不条理サスペンスである。スーツケースの中に人間の頭部を入れたのは誰なのか?この人間の頭部がいったい誰なのかというミステリーを縦軸に据えながら、デプレシャンはあえてこの映画が純粋なミステリー映画ではないと嘯く。

 ホテルで人間の頭蓋骨に気付いてから、マチアスは姉のマリー(マリアンヌ・ドゥニクール)と元カノ(ヴァレリー・ドレヴィル)と再会する。この場面はまるでトリュフォーの『ピアニストを撃て』へのオマージュのようにも見える。シャルリの弾くピアノの伴奏に併せて歌ったあの名場面のように、今作ではオペラ歌手の姉と元カノの暗唱をマチアスは助ける。翌日も人間の頭蓋骨を警察に届けるのかと思いきや、彼はまったくそうしない。法医学の研修生として実習を受けながら、コインロッカーに人間の頭蓋骨を隠す。この法医学教室の同僚研修生には、後にデプレシャンの分身となるマチュー・アマルリックや、デプレシャンの弟であるファブリス・デプレシャンがいるのも見逃せない。デプレシャンはミステリーを縦軸に据えながら、そこに共同生活や恋愛など実にフランス人らしい横軸を付け加えて行く。フィルム・ノワールのようにギャング団もファム・ファタールも一向に出て来ないが、迂回に迂回を重ねながらジャンル映画の神髄へと徐々に駒を進めて行く。突飛なストーリー展開と後半主人公に訪れた危機はまさにB級犯罪映画そのものであるが一つ明確に違うのは、あらゆる活劇的展開の排除であろう。デプレシャンの映画ではアクションは簡略化され、巧妙に回避される。今作で運動と言える運動は、マチアスとデプレシャン弟が法医学教室へと歩みを進めた場面くらいだろう。
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