TOSHI

幼な子われらに生まれのTOSHIのレビュー・感想・評価

幼な子われらに生まれ(2017年製作の映画)
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それまで外国映画しか観ていなかった私が、日本映画に目覚めたのは、「家族ゲーム」(1983年)によってだった。当然のように一緒に住んでいる家族が、実は考えはバラバラで、家族の役割を演じているだけである事が抉り出されていて、衝撃を受けた。家族ゲームから30年以上経ったが、家族のそんな実態は何ら変わっておらず、父親の家族における存在は、一層軽い物になっているように思える。本作は1996年の重松清の小説を原作とするが、三島由紀子監督や脚本の荒井晴彦によって、見事に現代の物語になっていた。
描かれるのは家族だが、血が繋がっていない家族である。再婚した妻・奈苗(田中麗奈)とその連れ子である二人の娘と共に、何とか上手く暮らしていた会社員の信(浅野忠信)。奈苗が妊娠し喜び一杯の筈だったが、長女の薫(南沙良)はこんな家は嫌だと言い出し、信を他人扱いし、実の父親に会わせる事を求める。信としては、奈苗の離婚の原因は前夫・沢田(宮藤官九郎)のDVであり、できれば会わせたくないが、自分は前妻・友佳(寺島しのぶ)との間の実の娘に、定期的に会っている弱みがある。更に会社ではリストラによる出向で、倉庫での出庫係をさせられる事になり、職場と家庭の両方で追いやられ、アイデンティティ喪失の事態となる(信が一人カラオケで「悲しみの果て」を歌うシーンが、心情を表していて秀逸だ)。
頑張って誠実に守ってきた家庭が壊れ始め、自分自身を失いつつある信にとっては、奈苗のお腹に授かった新しい命のことすら幸せだと思えなくなってくる(依存心が強い奈苗の言動も、ジワジワと信を追い込んでいく)。遂に信は奈苗に、「このまま堕ろして別れればいい」と言い放ってしまう。パッチワークのような家族の、つぎはぎが露呈していく描写がリアルだ。役者の“お芝居”が排除され、瞬間の感情の表れをワンテイクで撮った積み重ねにより、まるで観客がその場面の中にいるような、リアリティーが生まれている。
夫婦の前妻・前夫に関する描写も、作品に深みを与えている。信は沢田に、薫に会ってもらえるよう頼みに行くが、博打好きな沢田の人間のクズぶりが凄まじく、散々渋った上に見返りの金を要求するのに呆れる。また、信が前妻・友佳から、再婚した夫がガンで死にそうな事を告白された別れ際、「昔から、理由は聞くのに気持ちは聞かないの、あなたって」と、結婚時代からのわだかまりをぶつけられるシーンが、胸に刺さる。
信は死期が近い友佳の夫の病室に、会っていた実の娘を連れていき、友佳から言われた言葉に対する返答のように、夫に言葉をかける。そして、沢田と薫の待ち合わせの結果…。
家族の中の異物だった信が、「父親とは何か」に向かい合い、結局正解は見つけられないが、一瞬見えた何かに、微かな希望が感じられた。本作は、信が困難を乗り越えて父親として変わっていく物語であるが、彼に関わる家族の方も変わっていく物語でもある。不器用な大人達によるアンサンブルに、感情を揺さぶられる傑作だ。

本作で家族の変化を描く事で、癒し系の作品で、さりげない幸せの瞬間を描いてきた三島監督も、鋭く深いヒューマンドラマの作り手へと変わろうとしているように感じた。
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