そうだ。生きる事は地獄なのだった。
なんとなくのタイトルの印象ぐらいしか無く、どんな話で、誰が出ているのかも分からないまま見始めたのだけど、浅野忠信が主演なのが分かった瞬間に「これはきっと良い筈」と思ってしまった。浅野忠信に裏切られた記憶が無いからかな。あと、撮影が比較的うちの近辺で行われてたみたいだな、…とか。
ごくありふれた、ちょっと複雑な環境の家庭の話。夫・信（浅野忠信）も、妻・奈苗（田中麗奈）も二度目の結婚で、信には元の妻のところに娘がいる。暴力を振るう元の夫から逃げて来た奈苗は二人の娘を連れて来ていて、遂に待望の今の夫との子供を授かる、という本来なら幸せ絶頂というタイミング。突如、長女の様子が少しずつおかしくなる。信の事を避ける。この家が嫌だと言う。気持ち悪いと言う。皆をわざと傷つけ、“本当の”父に合わせろと喚く…。
別段、秘密や謎がどうとかいうようなタイプのお話では無いので書いてしまいますが、別に誰かに落ち度があるとか、分かりやすい原因が有るでも無くて、単に家族の形だけを真似て、その実まるで家族になんてなりきれていなかった憐れな人達のお話です。ありふれていると言ってよいかもしれません。ありふれた痛み。それ故に、より辛い。
夫・信が、辛い。家族との時間を優先する為に仕事も付き合いもほどほど無難に流し、その為に閑職に回されてしまう。かと言って、熱心な家庭人間なのかと言えばそうも見えず、なんとなく役割として良い父親を演じているだけのようにも見える。（浅野だからそう見えている可能性も無くは有りませんが…。）
長女が、辛い。自分でも根拠の“分からない”苛立ちや違和感に苛まれて、正解のない迷路で踠く。
妻・奈苗が、辛い。もう失敗したくない。ばかのふりをしてでも空気を取り繕いたい。ツギハギに気づかないふりをする。辛い。
信が、元妻から投げかけられる言葉。「理由は聞くのに気持ちは聞かない」。こんな事言われたら、もうどうも出来ない。さっさと口をつぐんでしまうしかない。
撮影が、意識してか無意識か、ザラザラと不吉な色を孕み瞼を重くする。胃が上がってくる。
見知った風景が否応無く忌まわしい記憶を呼び起こし続け、言葉が、映像が、寄ってたかって心を嬲り殺す。
そうだ、この世は地獄だったんだな。うっかり忘れてしまうところだった。
ストーリーは終盤、高いリアリティを保ったまま繊細に展開し着地、紋切り型では無いその結末は、多くの人にとっては再生のカタルシスや再出発への力をくれるポジティブな物語として機能するのでしょう。
個人的には…、途中あまりに深手を負ってしまい、ラストの事なんてどうでもよくなってしまった。
そもそも“ラスト”って、“結果”って、何なんだろうね。現実に於いては。
映画が終わっても現実は続く。シナリオは確定済み。観客は自分だけ。アンコールはかからず。自分が終わっても現実は続く。
命は不自然。見えるものはまやかし。この世、天地全て、世界は地獄。答えは分かりきっていた。
せいぜい心して残りを過ごすことにするよ。
