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ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦のチーズマンのレビュー・感想・評価

3.8
“「ナチの野獣」暗殺計画”
なんて副題がついてるもんだからと、そんなものは微塵も残らなかったぐらい悲愴であり悲壮な作品でした。

ハイドリヒ暗殺を目的としたエンスラポイド作戦を描いた映画です。


ナチスドイツにおいてヒトラー、ヒムラー、に次いでナンバー3と言われたラインハルト・ハイドリヒ、ユダヤ人絶滅政策を推し進めたことでと悪名が高いですね。

この男の暗殺するために、連合国から見捨てられてあっさりナチスドイツに占領されたチェコ領内の森へ暗殺作戦実行者達がパラーシュート降下で侵入したところからこの映画は始まります。
そしてパラーシュートから降りてきたキリアン・マーフィー演じる“ヨゼフ”とジェイミー・ドーナン演じる“ヤン”を始めその仲間達と現地の反ナチス組織や住みかを提供してくれる一般家庭の人達、そういった暗殺作戦の実行に関係する側からのみ描かれていきます。


しかしこの映画の悲愴感といったらないですね。
なにせ、例えば青酸カリの入ったカプセルを噛もうと思ったら床に落として慌てて探すという場面がありますが、つまりおおよそこの映画ではナチスに捕まる前に自殺できるかどうかがサスペンスになってしまうという、無事助からないことが前提なんて、哀しすぎますよね。

『フローズン・タイム』などのショーン・エリス監督、何となく嫌な感じを最初は薄く漂わせ、徐々に話が進み気が付けば悲愴感以外何もないところまでもっていく演出がとても上手いと思いました。
あと、拷問シーンが出てくる映画は沢山ありますが、この映画の拷問シーンはかなりこたえました。キツい…。

いわゆる暗殺事件物とは違い、戦時中は暗殺作戦ということになりますが、そうなると何か大きい事象の一部と捉えられその後の戦局への影響や暗殺される側に注目がいくのが普通で実行者の事を考えることはあまりないと思います。
それこそ映画にでもならないかぎり。

暗殺という手段に伴う悲惨さは、その後の結果や展開そして実行者にもまとわりつきます。報復のための暗殺ならなおのこと。
それはこの作品で行われる暗殺作戦も例に漏れず、結果とても大きな代償を払うことになります。
なので、そこの成否を判断するのは難しいですが、ヨゼフとヤンをはじめ仲間の面々はイギリスにある亡命政府から任務だけ与えられあとはほとんど丸投げの状態の中で四苦八苦しながら葛藤を抱えながらなんとかやり切った、哀しい結末が待っていますが「あなた達は、十分やった」とこの映画を観ると言いたくなります。

まさに、
【悲愴】(悲しく痛ましい気持ちや様子)
であり
【悲壮】(悲しい中にも雄々しく立派なところがあること。また、そのさま。)
な、映画だと思いました。

実際に暗殺実行者達が最後に立て籠もった聖ツィリル・メトディ正教大聖堂の地下室の窓の周りには生々しい沢山の銃弾の跡ががそのまま残っていて、今でも花が添えられているそうです。
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