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ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦のeのレビュー・感想・評価

3.9
チェコはスロバキアと分離してベーメン・メーレン(ボヘミア・モラビア)保護領として1939年にナチス占領下となり、総督にはコンスタンティン・フォン・ノイラートが任命されます。

工業の発展していたチェコは戦争が始まると、ドイツにとって軍需品を生産するための重要な拠点となるのですが、コンスタンティン・フォン・ノイラートは比較的穏健な占領政策を摂っており、サボタージュやストライキ、その他抵抗運動ににより、生産力が落ちてしまいます。

この事に業を煮やしたヒトラーは、SSのナンバー2であるラインハルト・ハイドリヒを副総督としてチェコへ送り込みます(コンスタンティン・フォン・ノイラートは形式上だけ総督のままだったので、副総督)。

ハイドリヒは女性問題で海軍をクビになりヒムラーの面接を受け親衛隊に入隊しましたが、その後は頭角を現し、ヒトラーの政敵の排除、強制収容所の設置、反ナチ分子の徹底的な取り締まりなどを行い昇進していった人物です。長いナイフの夜、ブロンベルク罷免事件や水晶の夜、ポーランド侵攻など、ナチスの起こした重要な事件のほとんどに関わっており、ヒトラーの後継者とも目されていました。

また、ハイドリヒはヴァンゼー会議を主宰し、ユダヤ人の絶滅方針を決定付けました。ガス施設を備えた絶滅収容所はヒムラーの指揮下で作られていきましたが、ホロコーストの初期段階で100万人を銃殺したアインザッツグルッペンを組織したのはハイドリヒです。同盟国であった大日本帝国にゲシュタポのヨーゼフ・マイジンガーを送り込み、ホロコーストに協力させようとしたりもしました(日本政府は拒否)。

ハイドリヒはチェコに赴任すると、まず徹底的な反ナチ分子の粛清を行い、軍人やインテリ層を次々と処刑し「プラハの虐殺者」となります。インテリ層の粛清はポーランドで行った事と同じですね。

一方、労働者に対しては福利厚生や待遇を改善し、支持を取り付け生産力を回復させていきます。愛国心では飯は食えない、労働者にとって重要なのは、メシの種というわけです。この、いわば「飴と鞭」政策により、チェコの反ナチ抵抗運動は骨抜きにされていきます。

イギリスが本作の二人の主人公、ヨゼフ・ガプチークとヤン・クビシュら、亡命チェコ人部隊を送り込みハイドリヒ暗殺を企てたのは、ハイドリヒが暗殺されれば苛烈な報復が行われる事は分かりきっており(劇中でも”チェコが地図から消される"と言った人物がいました)、その報復によってチェコ国民の反ナチ感情、抵抗運動を大きくする目的もあったようです。つまり元からチェコ国民の大量処刑が行われることが前提の作戦だったわけです。シンプルな英雄譚ではない、ということなんですね。そう考えるとこの作戦そのものが正しいとは思えない、複雑な気持ちになります。

それでも教会で殉死したは七人は英雄として歴史に名を残しました。裏切った密告者は、ナチスからは恩赦されましたが、戦後にナチス協力者として死刑になったそうです。

さて、最後の銃撃戦が行われた教会は現存しており、壁には今でも当時の銃撃の跡が、一部残されているようです。チェコに行く機会があったら是非訪れてみたいと思います。
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