キューブ

ヒトラーの贋札のキューブのネタバレレビュー・内容・結末

ヒトラーの贋札(2007年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

 ナチスによるユダヤ人迫害を描いた作品ではあるが、「ヒトラーの贋札」は他とはひと味違う。贋札を作るために集められた技術者たちは、まともな食事、ふかふかのベッド、自由時間まで与えられている。バックに使われているBGMがこの”平和な”収容所を異質なものに際立たせている。
 主人公のサロモン・ソロヴィッチは元々から贋札作りを家業にしていたプロだ。警察に逮捕される前の彼は傲慢で、悪いイメージのユダヤ人そのものだ。だが収容所に入ってからはあくどい表情が消えている。この落差が凄まじい。贋札作りの仕事に就くまでの彼の目は完全に死んでいる。希望などみじんも感じられないからだ。だが移送先の収容所では仕事を与えられた。それさえこなしていけば生き延びられるかもしれない。彼は微かな希望を抱いてナチスの作戦に加担する。
 それとは正反対に印刷工のアドルフ・ブルガー(映画の原作者)はあくまでナチスに反抗しようとする。反体制派のビラを刷っていた彼には作戦に加担することができない。意を決した彼はサボタージュをするが、それにより仲間の命が危ぶまれることとなる。
 敵に加担して生き延びるのか、信念を貫いて死ぬのか。この2つの葛藤がこの映画では見事に描かれている。もちろん、ソロヴィッチ対ブルガーはその分かりやすい縮図と言える。だが真の葛藤はソロヴィッチ、そして数々のユダヤ人たちの心にある。だから戦争が終結し、彼らが外に出たときの衝撃は計り知れない。同じ収容所のユダヤ人なのに、外の人々は皆青白く、痩せこけている。それに対し、贋札作りのメンバーはみな血色が良く、髪の毛も生やしている。殺される危険もなく、外側から聞こえてくる銃声を耳にしながら、贋札を黙々と作る。ソロヴィッチたちが悪いのではない。だが彼にとってそのショックは大きかった。戦後、あるカジノで大金をはたく彼の目からは疲れが見える。そして光も失われていた。
 戦争が人々の心に何を植え付けるのか。この映画はそう問いかけている。
(12年8月18日 BS 5点)
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