単純な数理物理学的な話。
ある時点でAさんがBさんの命を救った。
その時点で、仮にAさんがいなければ、Bさんは亡くなっていて、その子供のCさんもその孫のDさんもこの世には誕生しなかった。
Aさんがいなければ…。
そんなAさんにまつわる話。
それは、ニコラス・ウィントン氏にまつわる話。
1938年、第二次大戦開戦前夜のチェコスロヴァキア。イギリスのビジネスマン、ニコラス・ウィントンはナチス・ドイツによる迫害の危機に晒されていたユダヤ人の子供達を救うため、"キンダートランスポート"計画を実行し、チェコにおけるその中心人物となる—— 。
しかし、彼の活動に対して各国の反応は冷たく、唯一子供達の入国を受け入れたのは、母国イギリスのみ。
ニコラスはイギリスで里親を探し、書類を偽造し、子供達を次々と列車で出国させるが、その活動は第二次世界大戦勃発によって中止を余儀なくされる。
彼が救った子供達は669人。
その子供達はやがて大人になり、子を産み、孫に囲まれて—— 。
その数、およそ6,000人。
しかし、ニコラスは自らが心血を注いだこの活動を家族にすら語る事をしなかった。それは、最後の列車に乗せる筈の250人の子供達の殆どが、開戦と同時に強制収容所送りとなり、その命を落としたからに他ならない。
それから50年。
ニコラスの妻が見つけたスクラップブックから、彼の偉業が世に知られる。
当時の映像と再現映像を交えたドキュメンタリー。実際に命を救われた人々のインタビューを交えて語られる、"あの時"。
再現映像の出来が特別良い訳でもない。当時救われた人達のインタビューに耳を傾けても、まだどこかで対岸の火事だと捉えている自分がいる。
しかしだ!!
BBCが仕掛けたサプライズ番組。
当時の子供達の行方を追うという生放送の番組内で、客席側に座っていたニコラス。その周りには彼に救われた子供達が密かに座っていて。
「ニコラスに命を救われたという方は手を挙げて下さい」
ニコラスを囲む男女が次々と手を挙げる。
泣けたわ。
50年の時を経て、命を救った者と救われた子供達が言葉を交わし、ハグをする。
"貴方がいなければ、私達はここにいませんでした"
この言葉以上に、この世の中で素晴らしいものがあるだろうか。
決して語られなかった50年の謎。スクラップブックだけが知る真実。やがて枝葉の様に分かれて繋がるファミリーツリー。
"イギリスのシンドラー"と呼ばれたニコラスの偉業を、是非あなたにも。