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ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

4.1
「英国のシンドラー」と呼ばれたニコラス・ウィントン。
第二次大戦前夜、ナチス・ドイツの支配下に入る直前のチェコスロバキアから、彼はひとりの民間人として、ユダヤ人難民の子どもたちをイギリスに迎える救出活動を行った。彼の足跡、50年後の子どもたちとの再会とその後を丁寧に追ったドキュメンタリー。
当時、ウィントンは証券会社の優秀なディーラーであり、オリンピックの強化選手としてフェンシングのトレーニングに励む青年だった。休暇にスキーに行くつもりが、チェコスロバキアの友人からの電話で行き先を変更、25万人にも及ぶ難民がドイツ他から押し寄せていた現地ですぐに子どもたちの救援活動を開始する。
彼の母国イギリスだけが子どもたちの受け入れを認めたものの、すべての子どもたちに里親になる家庭を確保し、ひとり当たり50ポンドの保証金を用意するという条件がつく。彼は自宅を事務所とし、類いまれな実務能力で救出すべき子どもたちと里親候補のリストを作成してマッチングし、寄付を募り、旅券や入国許可証を偽造することも躊躇わなかった。
1939年3月から8月までの間に669人の子どもたちをチェコからイギリスへ送ったが、9月に予定されていた250人の子どもたちの移送はドイツのポーランド侵攻による大戦勃発のために中止。その250人の子どもたちのほぼ全員が強制収容所などで命を落とした。ウィントンのリストにはなお6000人の子どもの名前があったという。
ウィントンは以来、一切を語らず、戦後はさまざまなビジネスを手がけるかたわら、長年の慈善活動に対して勲章を授与されたりもしていたが、子どもたちの救出活動のことは妻が屋根裏部屋から一冊のスクラップブックを見つけるまで知られることはなかった。
ウィントンは大上段に構えることなく、身体が即座に反応する行動の人だったし、物事を組織化して動かすことに非常に長けていた。ひとりの市民として自分が持てる力を十全に発揮しただけで、自分は何も特別なことをしたわけではないと思っていたようだ。
革命の闘士でもなければ、レジスタンスの英雄でもなく、ただの普通の市民−−−−といっても、おそろしく有能な市民だったけれども−−−−が「迅速で適切な行動」をとったこと。何よりもその事実がこの映画がもたらす静かな衝撃の源泉だと思う。
11月26日から公開。
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