Inagaquilala

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

3.8
「ロブスター」のヨルゴス・ランティモス監督の新作。共演はコリン・ファレルとニコール・キッドマンで、これはソフィア・コッポラ監督の最新作「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」と同じ顔ぶれ。どちらも製作されたのは2017年ということで、おそらく、ふたりは連続して同じ作品で競演したことになる。実は、物語の内容も少々似通っており、どちらもある集団(前者は家族、後者は女性ばかりの寄宿学校)に、異分子が入り込むことで、危機を迎えるというもので、時と場所さえ違うものの、進行するドラマとしては同じような枠組みを取っている。

前作の「ロブスター」では、場所は特定されていなかったが、この作品ではアメリカの地方都市(シンシナティ)が舞台だ。冒頭、手術中の心臓の映像が登場するが、これがのちのち物語に大きな影響を与えていく。主人公は心臓外科医のスティーブン、彼は富もキャリアもあり、妻とふたりの子供に囲まれて幸せな日々を送っていた。そこに登場するのが、謎の少年。スティーブンは少年に敬意は払っているものの、しつこくつきまとってくる彼を、内心では受け入れがたいものとして感じていた。少年は、スティーブンが執刀した手術で命を落とした患者の息子だったのだ。

少年に対して贖罪意識を抱いているスティーブンは、彼を自分の家に連れて帰る。しかし、そのときから彼の子供たちに異変が起きるのだ。息子は突然歩けなくなり、娘にも同じ症状が現れる。そんなスティーブンに少年は、「家族の誰かひとりを殺さなければ、みんなが死んでしまう」と告げるのだった。このあたりは、「ロブスター」と異なりややオカルトなテイストなのだが、ヨルゴス・ランティモス監督の「技」で、かなりリアルなものとして見せていく。刻々と迫るカタストロフィーへの行程は、静謐なサスペンスに包まれている。やはりひとつひとつのシーンの絵づくりが計算されているからなのだろう。観客はいつのまにか、監督がしつらえた不条理な空間へと案内されていく。

主人公の子供たちに起こる異変については、とくにその原因については説明されない。観客は謎の少年が発信している「怨念」のようなものと納得するしかないのだが、そこをまたうまく韜晦しているのが、この作品が単なるホラーサスペンスに終わらないところなのだ。ヨルゴス・ランティモス監督のフォーカスは、やがて主人公スティーブンの心理状態に絞られていき、彼の信じられない行動を描写していく。このカタストロフの場面は、まさに衝撃的だ。「ロブスター」が描いていたようなとくに印象的な世界観はないのだが、全編を通じて、何が起こるのかわからない良質なサスペンスが流れている。第70回のカンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞した作品だ。
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