ちろる

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアのちろるのレビュー・感想・評価

4.1
郊外の高級住宅地に住む外科医と眼科医の裕福な夫婦とその子供たち。
大きな庭に豪邸と誰もが羨む生活が、とあるひとりの少年の存在によって、音もなく崩壊していく。
コリン・ファレルのたまのカメラアングルが、「ロブスター」を思い起こさせる。
あちらの作品よりもずっとこの主人公は無機質な印象を受ける。
この不気味さが彼の隠すとある秘密とリンクしていくことにもなる。

絶対的支配者である父親の元で一定の秩序の守られた家族の中入ってきた「赤の他人」の存在によって 家族の秩序が崩壊してしまうという点で「籠の中の乙女」の不穏さに近い。
ただし、奇抜な設定の多いヨルゴス監督の他の作品とより一見この物語はノーマルで、一見家族の雰囲気も常識的に見えるのだけど・・・

極地に立たされてしまった人間に育ちの良さもあったものではなく、己のかわいさで、次第に醜くなる彼らの姿を私も馬鹿にすることはできない。

この作品は、とにかくマーティン役のバリー・コーガンの不気味な演技が、私は印象に残る。
あの陰鬱な瞳がまとわりついて脳裏から離れない彼の怪演。
ちなみに彼自身は実際にも複雑な家庭環境で育っていたらしい。
これは安易な推測に過ぎないのだけど、ブルジョワ家族を精神的に追い詰めて支配しようとするマーティンの心理にどこか共感する部分があった事があの異様な存在感のある演技に繋がったのかもしれないと勝手に考えてしまった。
タイトルの「聖なる鹿殺し」とは監督の母国であるギリシャの「アウリスのイピゲネイアの悲劇」をモチーフにしたそう。
しかし、この悲劇と照らし合わせても、断然この作品の不条理さの方が上をいくし、コリン・ファレルが演じた主人公スティーブンの方がよっぽどアガメムノンよりも、冷酷な気がする。
彼の決断の仕方もそうだが、生贄に選んだのは、実はスティーブンにとって一番失ってはいけない存在だったのではないかと感じるから尚更後味は悪い。

もし、この後マーティンとは手が切れたとしても、ラストのシーンはまだその先に続くあの家族の悲劇を予感させてしまう、なんとも不気味な終わり方、、いやーやっぱねっとり度合い半端ない。
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