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ナラタージュのardantのレビュー・感想・評価

ナラタージュ(2017年製作の映画)
4.8
ささやかだが、幸せな時間が、あっという間に過ぎ去っていった。

この作品の評価は低い。だが、私には、行定勲監督の作品の中では、最も好きな作品になったことは確かである。
この作品で、私は、一つ一つの場面に濃密さと優れた感受性を感じた。他の映画とは空間が違うように思え、濃密な何かが漂っているようにさえ思えた。
それは、最も、映画らしさを感じさせるものであったし、この抑揚のなさは、映画でしか持ちえないものように思えた。たとえば、最初の、夜の暗い会社の事務室の一角で、有村架純が、懐中時計を弄ぶシーン。ただそれだけで、画面の隅々から、これから何かが起こる予兆を感じてしまう。映像という観点からみると、今年公開の『リバーズ・エッジ』の方がそれを表現させる題材的にはふさわしいように思えたが、本作品の方が私には数段上に感じた。社会科準備室で、ただ、松本潤と有村架純が談笑するシーンでさえも、私は涙が出そうになるほど引き込まれたのだから。
そういう感情は、『クローズド・ノート』(2007,東宝)で感じた感覚に近いように思える。

確かに松本潤演じる教師の心の葛藤が描かれていない等のレビューを読むと、そうかもしれないと感じるが、そんなことは私には関係なかった。
逆に別に彼でなくても構わないあの朴訥な感じが好きだし、有村架純が本来持っている表情の乏しさと喜怒哀楽を表に出さない淡々としたものが、この作品にはふさわしかったように思える。初めて、彼女が素敵だと思えたのだから。

この作品では、過去の映画が効果的に使われていた。『隣の女』(フランソワ・トリュフォー,1981,仏)、『エルスール』(ビクトル・エリセ,1983,西)、『浮雲』(成瀬 巳喜男,1955)。そして、彼女が教師の部屋で、本棚から手にしたDVDが『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(ラース・フォン・トリアー,2000,デンマーク)だった時には、私は思わずうなってしまった。ある人に言わせると、どうしようにも救いのない作品であり、沢木耕太郎をして、「哀しみや苦しみを超越し、聖性すら感じさせてしまう」と言わしめたミュージカル映画だったからだ(『銀の森へ』,朝日文庫)。

「居場所のない私を救ってくれたのはあなただったのです」と彼女はつぶやく。
叶わぬ恋だった。つらいが、しかし、忘れることのできない、かけがえのない想い出になったことも確かである。

こんな恋をしただけで、それだけで、一生、生きていけるように思えてならない。
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