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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のtsuraのレビュー・感想・評価

4.3
年末にとんでもない傑作を見てしまった。

「サウンド・オブ・メタル」

これは人間が如何に時に脆く、複雑で且つ愛おしくそしてまた時にどれほど強い生き物なのか、それを2時間に凝縮しきった素晴らしい作品であった。


主人公ルーベンはメタルバンドのドラマーでパートナーでありヴォーカルのルーと各地を転々としながらツアーを行い音楽活動をしている。

ある日、急に「音」が遠退き、ぼやける。

診察したところ、驚くほど難聴が進み、失聴するというのだ。
ルーからの勧めもあり聾者のコミュニティが生活する場所へ身を預け、自分自身と向き合っていく。

凡そオーソドックスなその出立ちとは裏腹に迫り来るドラマのエネルギーには圧倒されっぱなしであった。

特に音の表現は素晴らしかった。

音が無い、ということ。

音がぼやける、ということ。

骨振動、とは如何なる感覚か。

難聴とは、失聴とは。

そんな音が消えていく描写に寄り添う様に非常に牧歌的描写で無音の世界の流れを揺蕩うかの様に時に悠然と、そして淡々と映す。

この演出には唸った。

そして、これこそが普段「聴こえて」当たり前の私達に感じとるべき「声」であり「音」なのだろう。
そうやって力説せずそっと語り掛ける様に見せるその一瞬一瞬の映像のどれもが説得力を有し、何事の障害にも上手く乗り越え、共生していく事の意味を感じずにはいられなかった。


この作品を語る上で、音についての言及は不可避だが、同様に不可避のものがあり、それはこのキャストの熱演である。

このルーベンとルーを演じた2人の役者(リズ・アーメドとオリヴィア・クック)の陰陽の演技は凄まじい迫力で、オープニングのメタルのバチくそハイな演奏で観客を鷲掴みにしたかと思えば、彼等の心のキズが朧げに浮かんでくるかの様な苦しい心の声の表現は非常に繊細で、人間の持つ表裏を上手く演じていた。
特にリズ・アーメドは秀逸で聾者のコミュニティで生きていく姿のそれとクライマックスの決断に至る前後は圧巻に他ならず、彼の演技はアカデミー賞でも恐らくノミネートされるだろう素晴らしさであった。

そして、脇役がドラマをより濃密にさせる点に於いて言えば彼等2人の演技は美しさすら有していた。

ポール・ラチとマチュー・アマルリックである。

マチュー・アマルリックは「007/慰めの報酬」以来好きなアクターの1人で彼にしか出せないミステリアスな風体が何よりそそられるのだが、今作では娘をただ純粋に想う父親を少ない時間ながら丁寧に演じており印象深い。
しかし今作のベストサポート役としては彼、ポール・ラチを挙げない訳にはいかない。高僧を彷彿とさせる余裕さを漲らせ、不遜だったルーベンを優しく包み込む。
さらには施設での生活をサポートするあまりか、その場所ではボスでありつつも父の様な温かくも厳しい眼差しで相手と向かい合うこの演技には深く感動した。
何より手話をしながら読唇術に長けるそれは、役だけでは会得出来ない長年培った様にすら感じた。既に各州の批評家賞でも助演男優賞を受賞し始めており、アカデミー賞での善戦もするだろうと思う。


心身傷を負ったルーとルーベンの姿はまさに見ている私達の様でもあり、誰もが成り得る事柄なのだと、そういう意味に於いても秀でたメッセージ性があり、非常に見応えと心からの感動を味わえるドラマに出会ったと思う。

私は趣味で音楽をしているが、時折疲れから来るものなのかは分からないが、上手く音を拾えない(ハーモニーなどの複雑性を帯びた音が塊となって聞き分け出来ないとか…)時がある。普段でも聞き間違いが比較的多いのでこの様な状態に陥ってしまうと本来耳馴染みのある音楽が凄く煩わしくなってしまう。そんなおり自分は既に何らかのトラブル気味なのでは?と心配してしまう節もある。

過去、職場に聾者の方とも仕事を共にしたが、片言の手話と筆談では矢張り上手く噛み合わない事もありトラブルも実際あったし、彼等の苦労を聞くと本当に一朝一夕に解決出来ぬ問題が横たわってる事も痛感する。

しかしこの様な作品がまた新たな発見や認知となって様々な人のマインドやその面持ちに変化があるならと願わずにはいられない。本作がそんなメッセージ性だけを頼りにした作品では勿論なく純粋に優れた作品なのだがそれ故に目にした私達はこの作品に色んな想いを託してしまいたくなってしまう。
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