カツマ

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のカツマのレビュー・感想・評価

4.3
音のある世界が消えた。空気は歪み、耳鳴りが静寂への扉を開ける。もう繰り出す音も聴こえない。ただ吸い込まれるように、声もノイズも、かつての記憶のままで戻らない。それは絶望的な宿命。鉄のカケラはサラサラとがなり立てては、耳の表面を無慈悲に撫でた。音の無い世界の始まり。静けさが支配する未来の話。

2021年度アカデミー賞、6部門にノミネート。その快挙に相応しいほど、難聴になってしまった主人公の生々しい苦しみが伝わってくる作品だ。メガホンを取ったのは『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』で共同脚本を務めていたダリウス・マーダー。実在するオルタナティヴロックデュオ、ジュシファー(Jucifer)をキャラクターモデルとし、そこに新たに耳の障害を追ってしまう、という設定を追加。徹頭徹尾、聴こえない音、聴こえる音へのサウンドにこだわり尽くしており、耳の奥へと揺蕩っていくヒリヒリとした体験が心を揺さぶる作品だ。

〜あらすじ〜

ドラマーのルーベンは恋人のルーとデュオ編成で活動しており、ライブツアーは順調に進んでいた。二人は大型トレーラーの中で寝泊まりしたり、音楽機材をいじったりと、ボヘミアンな生活を続けており、お金は無くとも幸せな日々が続いていた。
だが、ルーベンはある日、突発的な耳鳴りに襲われ、その直後から耳が聞こえづらくなる、という症状を患うようになる。医者に行くと、ルーベンの耳は本来の2割ほどしか聴こえていないことが発覚。ライブを続ければ難聴は加速してしまう。それでも、ライブを強行したルーベンはついにライブ中のルーの歌声も聴こえなくなり、絶望の淵へと追い込まれた。
ルーベンは愛するルーにライブの継続を求めるも、彼女はルーベンを聴覚障害者のコミュニティに連れて行って・・。

〜見どころと感想〜

オープニングのライブ映像ではオルタナティヴロックバンド、ライトニング・ボルトばりの轟音が炸裂するも、そのノイズは出涸らしでしかなかった。難聴の音。インプラントで耳に混ざる音。それらはイヤホンで聴かれることを想定しているかのように様々な断片を見せ、我々の耳に不快な音として飛び込んでくる。それは主人公が体験する音の追体験であり、『聞こえる』ことを効果音として表現することにおいて、この映画は最後の最後まで容赦なかった。

主演を演じたのは見事オスカーへのノミネートを果たしたリズ・アーメッド。『ナイト・クローラー』で注目を浴びた彼は、最近では『ゴールデン・リバー』『ヴェノム』などを経験。ついに今作で大きく花開いた印象で、ドラムや手話の訓練など、その役作りのストイックさは今後も生かされてくるはずだ。その相方を演じたオリヴィア・クックも強烈なシャウトをお見舞いしたかと思えば、両家のお嬢様風の姿に切り替えたりと、八面六臂の熱演を見せている。派手さは無いが、ポール・レイシーが難聴者の役でオスカー初ノミネートしていたり、俳優陣の演技の貢献度はかなり大きいと思う。

そのタイトル、ポスター、そして冒頭のライブから、この映画はメタルバンドの音楽映画なの?と思わせるがそうではない。音楽を生業としている主人公が、絶対に失ってはならない聴覚を失ったことで、自暴自棄になりながらも向き合っていく、そんな骨太で辛辣なドラマを描いている。

そこに込められているのは、絶望的に苦しかったとしても新しい人生を模索するしかない、という真っ直ぐなメッセージ。袋小路に迷いそうになった人に選択肢を与え、前に進むための音を探す。厳しくも、照らす道はあるのだと、この映画は声を枯らしているようだった。

〜あとがき〜

オスカーノミネートを果たした、注目のアマゾンプライム配信作品ですね。序盤は一瞬、ドキュメンタリー映画なの?と思わせるほどのライブシーンで幕を開けます。しかし、終わってみれば、メタルバンドのドラマーが難聴になる話、で完結させるには勿体ないほどの重さと切実さを内包した作品でしたね。

オスカーにノミネートしただけでも快挙ではありますが、果たして受賞には手が届くのか。4月26日を楽しみに待っていたいと思いますね。
カツマ

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