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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のumisodachiのレビュー・感想・評価

4.9


ドラマーのルーベンは、恋人のルーとハードコアのデュオとしてトレーラーハウスに乗って全国でライブを行ってたが、あるとき突然、聴覚のほとんどを失ってしまう。医者に「聴力が戻ることはない」と断言され、自暴自棄になるルーベン。ルーは、ルーベンを聴覚障碍者の自助グループのホームに置いて実家に帰ることに。最初は手話もわからず腐るばかりのルーベンだったが、徐々に生活に光を見出していくようになる。しかし、ネットでルーの様子を知ったルーベンは……。

ビックリするくらい良い映画だった。私は国際線の飛行機で鑑賞したので、必然的にヘッドフォンで観ることになったのだが、この作品はヘッドフォンを使うのが正解だと思う。

轟音が響き渡るライブから始まり、トレーラーハウスの中で迎える穏やかな朝へと画面は変わる。湯が沸く音、朝食を作る音などあらゆる「音」が強調される演出と、ルーベンとルーの愛おしい関係。しかし、突如としてルーベンは「音」を失う。本作は、自分の周囲から音がなくなる瞬間を体感させる映画だ。

何かの間違いだろうと最初はルーにも言えなかったルーベンが、自助グループに入るまでの心理的な葛藤もリアル。信じたくないし信じられない現実。薬物中毒を乗り越えて手に入れた幸福が消え去り、また戻ってきた孤独(他のメンバーは手話で会話するので、最初のうちルーベンは彼らの言っていることがまったくわらない)。どうしようもない怒りと絶望を表現したリズ・アーメッドの繊細な演技が素晴らしい。

しかし、本作の肝は聴力を失ったミュージシャンの絶望ではない。そうではなく、「何かを失うことは、何かを得ることである」というメッセージを丁寧に丁寧に描いた映画なのだ。

毎朝ノートに思いを書き綴るように命じられ、日中は聴覚障害者の子どもたちと過ごすルーベン。そのうちのひとりとルーベンが公園で過ごすシーンはとても印象的だった。滑り台を叩く振動でコミュニケーションを取るふたり。ルーベンが、「失ったもの」ではない新しい世界を見つけた瞬間だ。

グループのリーダーは「ここにいる人間は自分たちを障害者だとは思っていない」と語る。彼らは、「音」ではない方法でコミュニケーションを取り、「音」ではない方法で世界を感じ、「音」ではない方法で人生を歩んでいる。「彼らには聴覚が足りていない」と感じるのは、たまたま自分が聴覚を持っているからであり、彼らは決して「可哀想」なんかじゃない。聴覚を持たないせいで生きづらいとすれば、それは社会が抱える不公平性の問題なのだ。

順調に手話を覚え、自助グループで自分の居場所を見つけていくルーベン。軌道に乗っているかに見えたものの、ルーがひとりでいるのを知ってしまったことでルーベンはインプラント手術を受けることを決意する。手術をすれば聴力が戻ると思っていたルーベンだったが、手術後に聴こえてきたのは雑音も含めてすべてが響いてしまう「音」。人間の耳が聴いている「音」とはまったく違うものだった。

『サウンド・オブ・メタル』というタイトルは、音楽ジャンルとしての「メタル」と、インプラント手術による機械音(メタル音)のダブルミーニングなのだろう。聴力を失ったことで味わった孤独を自助グループで克服したルーベンは、手術をすることによってまた孤独に陥ってしまった。

その後に続くルーとの再会の顛末は実際にご覧いただいて確かめてほしいのだが、本作が悲劇だとは私は思わない。ラストシーンに込められているのは希望であり、ルーベンが紆余曲折を経て自分自身で見つけ、手に入れた世界が象徴的に描かれていると感じた。

『ドント・ウォーリー』などもそうだが、アメリカ映画はこういったリハビリの過程を描くのが非常に上手だと思う。お涙頂戴の人情話にしたり、妙な同情を煽ったりせず、ひとりの個人としてどう対峙し、希望を見出していくべきなのかという過程と葛藤を、誇り高く真摯に描いている。誰しもルーベンのような状況に陥る可能性があり、誰しもルーベンのような孤独と絶望を味わう可能性があるわけで、こういった映画をつくる意義は大きい。リアルな体感に重きを置いた、大変な傑作。

おまけ>奇しくも、車いす利用者の電車利用についての話題が大炎上しているようだ。先ほども書いたが、ハンディキャップを持つことによる生きづらさがあるとすれば、それは社会が抱える不公平性の問題だと私は思う。

なにかをするためにAさんは何も考えなくてよくて、Bさんは事前に色々な準備や努力が必要なのだとすれば、それは明らかに不公平なのだ。私たちは誰だってルーベンのような境遇に陥るかもしれない。ハンディキャップがある人に対して「健常者と同じ権利を得たければ努力しろ」「態度が悪い。感謝の気持ちを表せ」なんていう醜悪な意見が大量に出てくることに絶望している。いま実現しているバリアフリーは、これまでに戦ってきた幾人もの人たちの努力の上に成り立っているし、彼らもまた同時代の人たちに「身の程を知れ」「非常識だ」「態度が悪い」と言われ続けてきたのだ。歴史は繰り返すんだね。








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